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このパフォーマンス2018(海外編)No. 249

#07 マタナ・ロバーツ

2018年11月24日(土)西麻布スーパー・デラックス

text by Keita Konda 根田恵多

マタナ・ロバーツ(as)

 

2018年9~11月、日本列島は怒涛の海外ミュージシャン来日ラッシュに見舞われた。ピーター・エヴァンス、ローレン・ニュートン、ハイリ・ケンツィヒ、ジョン・ラッセル&ストーレ・リアヴィーク・ソルベルク、ネッド・ローゼンバーグ、サインホ・ナムチラク、アクセル・ドゥナー、ウィリアム・パーカー、ロジャー・ターナー、シュリッペンバッハ・トリオ(アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハ、エヴァン・パーカー、ポール・リットン)……。筆者の周囲からは、「また海外から大物が来るのか」という嬉しい悲鳴がたびたび聞かれた。

そんなわけで、2018年は「死ぬまでに一度は観たい」と思っていた素晴らしいミュージシャンたちのパフォーマンスを数多く観ることができたのだが、中でも特に強く印象に残ったのが、シカゴ出身のマタナ・ロバーツの初来日ライブだ。

マタナ・ロバーツは、“Coin Coin”と名付けられたアルバムシリーズをこれまで3作リリースしてきた。第1章は中規模アンサンブル。第2章はジャズクインテット+テノール歌手。第3章は、フィールド録音、ドローン、サックス、朗読などを編み上げたソロ。毎回形式の異なる作品を発表し続けてきた彼女が、ライブでは一体どんな演奏を聴かせてくれるのか。大いに期待しながら会場に向かった。

アルトサックス1本を抱えて満員の観客の前に登場したマタナは、実に生々しい音楽を聴かせてくれた。マタナのサックス演奏は、高度なテクニックによって聴く者をねじ伏せるようなものではない。サックスは彼女の「声」や「息」を拡張するものであり、身体器官の延長として用いられる。その管体から発せられるのは、血の通った、非常に泥臭い音であり、彼女の肉体に染み込んだ「歌」である。サックス演奏の合間に、マタナは故郷であるシカゴへの愛着などをつぶやいた。その肉声もまた、とても音楽的に響いた。

そしてマタナは、「今はあなたと私の特別な瞬間なんだ」と聴衆に語りかけ、アルトサックスで一音吹いて、「このピッチで」とハミングするように促した。聴衆は、マタナが手を広げている間は指定された音程でハミングを伸ばし、彼女が手をくるっと回すとハミングを止める。こうして生み出された人力ドローンの上で、マタナはアルトサックスを吹いた。ハミングは繰り返すうちに音程がブレていき、あの場、あの聴衆でしか生まれない特別な音楽が姿を現した。

聴衆を巻き込みながら30〜40分ほど続いた演奏は、マタナの“My name is Matana Roberts”という一言で幕を閉じた。その幕切れのあまりのかっこよさに、打ちのめされてしまった。本当に痺れた。興奮して「そうだ、これが観たかったのだ」などとその場でツイートしてしまった。

終演後、マタナに声をかけ、自宅から持参した『Coin Coin Chapter Two: Mississippi Moonchile』(2013年、Constellation)にサインをもらった。以前から全12章と予告されていたCoin Coinのプロジェクトは今も継続中で、2019年にはChapter Fourをリリースする予定とのこと。今度はどんな作品になるのだろうか。今からとても楽しみにしている。

 

 

 

 

根田 恵多

根田恵多 Keita Konda 1989年生まれ。福井県の大学で教員を務める。専門はアメリカ憲法、とくに政教分離、精神的自由権。主な著作に『判例キーポイント憲法』(共著、成文堂、2020年)『教職課程のための憲法入門〔第2版〕』(共著、弘文堂、2019年)など。ただのジャズファン。ブログ http://zu-ja.hatenablog.com/

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