JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 39,883 回

このディスク2021(海外編)My Pick 2021Jazz Right NowNo. 285

#08 『Henry Threadgill’s Zooid / Poof』

Text by Akira Saito 齊藤聡

Pi Recordings PI92

Henry Threadgill (alto saxophone, flute, bass flute)
Liberty Ellman (acoustic guitar)
Jose Davila (tuba, trombone)
Christopher Hoffman (cello)
Elliot Humberto Kavee (drums)

1. Come And Go
2. Poof
3. Beneath The Bottom
4. Happenstance
5. Now And Then

All compositions by Henry Threadgill, yTo Publishing (ASCAP)
Produced by Liberty Ellman
Executive Producers: Seth Rosner and Yulun Wang
Recorded December 15-16, 2019 at The Samurai Hotel, Astoria NY by David Stroller
Mixed and mastered by Liberty Ellman at 4D, Brooklyn NY
Cover photo by Jules Allen
Package design by Simon Grendene

稀代の音楽家ヘンリー・スレッギルは、エアー(AIR)のような小編成のバンドを出発点にして、次第にその音楽性をめくるめくほど多彩なものにしてきた。

1979年のX-75はベース4本によるうねりの中をスレッギルとジョゼフ・ジャーマンが泳ぐ試みであり、すでにこの時点において現在に至る「混沌と統制の両立」が試みられていることがわかる。1980年代のセクステットでは、ドラムスふたりにベースとチェロまたはピッコロ・ベース、それらが形成するリズム層の中で金管ふたりとスレッギルの木管が吹く。これは90年代にヴェリー・ヴェリー・サーカス(Very Very Circus)へと移行した。編成は、チューバふたり、ギターふたり、金管ひとり、そしてドラムスひとり。打音のパルスを絞り、一方でベースの役目をチューバふたりに負わせ、そのうねりの中でギターやスレッギルがトリックスターのように踊る。

最新アルバム『Poof』をリリースしたばかりのグループ・ズォイド(Zooid)はセクステット、ヴェリー・ヴェリー・サーカスの発展形としてのサウンドを指向しているものと位置付けてよいだろう。スレッギルの木管のほかに、リバティ・エルマンのギター、エリオット・フンベルト・カヴィーのドラムス(初作のみ異なる)、ホセ・デヴィラの低音金管を基本軸として、ツトム・タケイシのベースギターが一時期のみ加入、逆に、クリストファー・ホフマンのチェロが途中から参加している。すなわち、現在の編成は、木管(スレッギル)、低音金管、ギター、チェロ、ドラムスである。

たった5人なのに驚くほどサウンドが分厚いのは作曲の精緻さによるところが大きい。初作『Up Popped The Two Lips(ふたつの唇の音色)』(2001年録音)ではウードも加わりオリエンタルな雰囲気を含めた厚さを示し、『Pop Start The Tape, Stop』(2003年録音)ではスレッギルは「ハブカフォン」(hubkaphone、8枚の円盤を紐でつないだ楽器)や16個のスピーカーを使っての抑制されたサウンド・インスタレーションを行う。この異色作をはさみ、『This Brings Us To』(2008年録音)の2部作では、スレッギルのフルートを中心として注意深く高揚へと導くサウンドを作り上げた。『Tomorrow Sunny / The Revelry, Spp』(2011年録音)においてチェロが戻ってきた意味は大きく、スレッギルのかすれたようなアルトとの相乗効果でさらなる世界観の充実をみせた。サウンドを可視化するならば、チェロと金管(トロンボーン、チューバ)が低音部をぶるぶると震わせながら四方八方から攻めてきて、その緻密さとダイナミクスにひたすらに圧倒される。続く『In For A Penny, In For A Pound』(2014年録音)では強烈なコアからやや逸脱し、チェロとアルトとのユニゾンという新たな快感を発見させるものだった。

そして本盤『Poof』(2019年録音)に至る。心なしか緊密な音繊維がほぐれてきたような印象を抱く。そのためなのかダイナミズムの駆動力は鷹揚なものとなり、そのかわりにあたたかさのような雰囲気が漂ってくる。スレッギルのアルトもまた他の楽器と同様に小節の途中から野蛮に介入してくるものであり、独特にずらした音色とともに、イタリア人画家のルーチョ・フォンタナがキャンバスをざくりと切り裂く世界を幻視する。エアー時代から変わらないスレッギルの魅力である。

近年のスレッギルは、大編成化、あるいは作曲に専念していることもある。かれがプレイヤーとしての凄みを発揮しているズォイドがいつまで存続するのか、気になるところだ。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください