#23 最近出版された本から
〜 レイシー、阿部薫、アイラー
text by Kazue Yokoi 横井一江
この3ヶ月ぐらいに出版された音楽本のなかで、幾つか目についたものを取り上げてみたい。ここで取り上げる3冊『スティーヴ・レイシーとの対話』『阿部薫2020』『AA 50年後のアルバート・アイラー』は単著ではなく、複数の著者による編集本で、編集者の意向が強く反映された書籍といえる。奇しくも取り上げられているミュージシャンは全てフリージャズ時代のサックス奏者だ。
まず、ジェイソン・ワイス編『スティーヴ・レイシーとの対話』小田中裕次訳(月曜社、2020年)から。スティーヴ・レイシーは言わずと知れた異能である。デキシーランド・ジャズから入り、セシル・テイラーやセロニアス・モンクと共演。60年代にフリージャズの世界に入り、ヨーロッパに移住して永く住み、2002年に帰米してニューイングランド音楽院で教鞭をとったという異色のキャリアを持つ(2004年没)。アルバムも多く、日本に何度も来日しているのでファンも多いが、レイシーの音楽について本格的に取り上げられた書籍はこれまでなかった。書名に「対話」とあるように、彼が生前に受けたインタビューの集成に加え、彼が書いた文章、そして楽譜も少し収録されている。なによりも1959年から2004年までこれほど多くのインタビューを受けていたのかと驚かされた。レイシー自身が書いた文章は、ムジカ・エレットリカ・ヴィヴァから始まり、FMP10周年、モンク、アイラー、そして吉沢元治への追悼文まで収録されている。それらの言葉からその時々にレイシーが何を考えていたのか、当時の音楽状況もまた垣間見える。しっかり編纂されているので、一種のオーラル・ヒストリーとしても読めるし、またインタビューの内容からレイシーの音楽感なり、哲学的思考も窺える。このように一人のミュージシャンの複数の媒体によるインタビューを集成して一冊の本を作るという例は初めてだったので、このような方法もあるのかと思った。この本を読んでから、レイシーの音楽を聴くと少しばかり彼の世界に近づいたような気さえしてくる。
次の2冊は私も執筆者のひとりとして参加しているので、やや気が引けるのだが、このような書籍は編者の作品であるという観点から書きたい。大島彰(ランダムスケッチ)編集の『阿部薫2020 ー 僕の前には誰もいなかった』(文遊社)は、『阿部薫覚書―1949-1978』阿部薫覚書編纂委員会・編(ランダムスケッチ、2020年)やそれを改編した『阿部薫1949~1978』(文遊社)が主に阿部薫と同時代を生きた書き手による文章を集成したものだったのに対して、実際の阿部薫の演奏を知らない世代のミュージシャンを含む筆者が多く参加しているのがキモで、それがなかなか面白い。吉田隆一による奏法解説もあり、クリス・ピッツィオコス、沖縄電子少女彩、杉本拓なども書いているのだ。今の時代、阿部薫のリスナーはガチなフリージャズ・ファンだけではない。死後40年以上経た今だから見えることもある。章立てや製本にも編者のこだわりが現れている。実際の演奏活動は約10年にもかかわらず、スキャンダラスなことも含めて何かにつけて伝説的に語られがちで、手垢にまみれた阿部薫像、あるいはその虚像から音楽家阿部薫を解放し、今日的に再評価する一歩となる良書だろう。
(関連記事:#21 阿部薫について https://jazztokyo.org/monthly-editorial/emb-21/)
細田成嗣編著『AA 50年後のアルバート・アイラー』(カンパニー社、2021年)は労作である。フリージャズのサックス奏者として知られるアルバート・アイラーについての論考、音楽分析、インタビューなどを集成、書き手はミュージシャン、評論家、研究者など総勢30名以上、総ページ数は500ページ以上に及ぶ。ヴァレリー・ウィルマーのメロディ・メイカー誌への、ナット・ヘントフによるダウンビート誌へのアルバート・アイラー・インタビューが訳出されているだけではなく、児山紀芳によるスイングジャーナル誌の記事「アルバート・アイラーとの24時間」(1970年)も再掲されている。加えて、ミュージシャンへのインタビューや対談、評論家による鼎談、様々な角度からの検証や論考が収録されており、レコード解説、年譜、ディスコグラフィー、はたまた自由爵士音盤取調掛のレコードにまつわる蘊蓄まである。この本もまた章立てに創意工夫が現れており、その内容からアイラーを通してジャズそして音楽を、また時代や社会を読む本にもなっているのではないだろうか。現在に引きつけてアイラーを捉え直す編集姿勢から、幅広い層へのアプローチが可能な本となっている。ところで、ページをめくりつつ、どこか既視感を感じたのだが、なぜだろう。30年ぐらい前の岡島豊樹編集長時代の季刊ジャズ批評では個別のミュージシャン特集を度々行なっていた、それを思い出していたのだ。特集はだいたい誌面の半分強だったのでアイラー本とはボリュームとしては全く違うが、『AA 50年後のアルバート・アイラー』にはどこか雑誌的というかムック的な編集姿勢もまた窺える。雑誌的にページをめくるのもありと言っていい。初のアルバート・アイラーについての書籍という理由だけではなく、開かれた編集姿勢が画期的な本を創った。と同時に、最近の紙媒体のジャズ誌の存在感が薄れていることも感じざる得ない。
昨年は細川周平著『近代日本の音楽百年』全4巻も刊行された。これついては現在熟読中なので、次回取り上げたい。
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