#2384 『Keith Jarrett / New Vienna』
『キース・ジャレット/ウィーン・コンサート 2016』
Text by Hideo Kanno 神野秀雄
『Keith Jarrett / New Vienna』
『キース・ジャレット/ウィーン・コンサート 2016』
ECM2850 (CD/2LP) 2025年5月30日発売
ユニバーサル UCCE-1217 2025年5月30日発売
Part I – XI (Keith Jarrett)
Somewhere Over The Rainbow (Harold Arlen, E.Y. Harburg)
July 2016, Goldener Saal, Musikverein, Vienna
Producer: Keith Jarrett
Engineer: Martin Pearson
Mastering: Christoph Stickel
Cover design: Sascha Kleis
Executive producer: Manfred Eicher
2016年7月末、ウィーンを訪れると、ウィーン楽友協会(Wiener Musikverein)にはまだ7月9日のキース・ジャレット・ソロ・コンサートのポスターが貼られていた。2016年2月9日のカーネギーホールの記憶と重ね合わせ、ピアノを弾くキースの姿、ウィーンに滞在するキースの姿を想像した。それだけに、このウィーンでのコンサート音源『New Vienna』/『ウィーン・コンサート 2016』を聴くことができるのは、あのウィーンの夏の空気感を知る筆者にとって大きな喜びだ。キースが以前、ソロピアノはその土地を意識して弾いていると語っていたので、その空気と大地と演奏を結びつけて想うのはあながち的外れではないだろう。
キースは、2016年の欧米8都市ピアノソロツアーの後、2017年2月15日ニューヨーク・カーネギーホールでのソロコンサートを最後に活動を休止している。2度の脳梗塞に見舞われコンサート活動は困難となったが、ニュージャージー州の自宅で穏やかに暮らしている。今年は80歳を祝して「Deer Head Inn」で開催されたプライベートなパーティーで何曲か演奏したとも伝え聞く。そう考えると、2016年の録音も「キースの最後」の記録ではなくて、キースの通過点であり、ヨーロッパ旅の記録ぐらいに捉えたいと思う。なお、キースの音楽の足跡については、75歳記念に書いた拙記事「キース・ジャレット/Answer Me〜75歳誕生日を祝して」をご参照いただきたい。
2016年ソロツアーは、2月9日カーネギーホールに始まり、4月29日ロサンゼルス、5月2日サンフランシスコ、7月3日ブダペスト、6日ボルドー、9日ウィーン、12日ローマ、16日ミュンヘン。このツアーから『Budapest Concert』(ECM2700/01)、『Bordeaux Concert』(ECM2740)、『Munich 2016』(ECM2667/68)がすでにリリースされているので、ツアーから4作目のライヴ録音作品となる。なお、ウィーンでのライヴ録音としては、1991年にウィーン国立歌劇場で録音された『Vienna Concert』(ECM)をリリースしているので『New Vienna』となる訳だ。
比較的最近のキースのソロでは、抽象的なフレーズやパーカッシヴな演奏の連続などに圧倒され、かつての甘く美しいメロディが溢れ出るような演奏に比べて、楽しみ切れないと感じるファンもいたかも知れない。他方、前半後半でほぼ1曲になっていた頃に比べて、多数の小品を聴くようにさまざまなキースの表情を楽しむこともできたファンもいるだろう。<Part 1>の冒頭でこそ少し身構えてしまうかも知れないが、『New Vienna』では、抽象的にも感じる音響的美しさの追求を繰り広げる中でも、心暖まる美しいメロディとハーモニーが柔らかに密やかに浮かび上がる演奏もあり、根底に息づくグルーヴが絶妙に溶け合いカントリーやゴスペルの感覚に心を揺さぶられる演奏もあり、それらも巨匠ならではの巧みなバランスとサウンドの中で実現している。長い生涯、技巧を試し尽くした果ての巨匠画家の個展を楽しむような、素晴らしい時間を楽しむことができた。締めくくりには<Somewhere Over The Rainbow>。2016年ヨーロッパツアーのライヴ盤の中でも最も心に響いたのが『ウィーン・コンサート 2016』であり、ぜひどなたにもお勧めしたい1枚だ。
前述のように、2025年5月8日の80歳誕生日を祝したパーティーが「Deer Head Inn」で開催され、キースはピアノで何曲かを弾いたという。とかく再起不能とか最後の演奏とか言われがちだが、音楽家としてピアニストとしてのキースは確かに穏やかに生き続けている。それが私たちファンの耳に届く機会が損なわれたとはいえ、キースの音楽と共に人生を歩み続けて来た者にとって、キースが音楽と共に生きていることはそれだけでとても嬉しい。キースを長く支えてくれた最愛の人にもいくら感謝しても感謝し切れない。また1年、また10年と、キースの長寿を祈りたい。その中で新しい音楽が届くチャンスがわずかでもあれば嬉しいし、無理にその機会がなくても、キースの存在する惑星に同じ時代に生きている奇跡に感謝するばかりだ。
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キース・ジャレット/Answer Me〜75歳誕生日を祝して
ECM, キース・ジャレット, Keith Jarrett, ウィーン楽友協会, Wiener Musikverein