#1547 『Kyoko Kitamura’s Tidepool Fauna / Protean Labyrinth』
text by 定淳志 Atsushi Joe
Kyoko Kitamura’s Tidepool Fauna / Protean Labyrinth
(self-released)
Kyoko Kitamura – voice
Ingrid Laubrock – tenor saxophone
Ken Filiano – bass
Dayeon Seok – drums
- Lure – 01:48
- Tripwire – 08:08
- Push Four – 03:31
- Slide – 08:26
- Deadbolt – 06:43
- No Exit – 08:35
- Push One + Things We Need (aren’t all that much) – 05:38
- Push Two – 03:18
All compositions by Kyoko Kitamura except 1 & 5
1 & 5 composed by Filiano, Kitamura, Laubrock, Seok
Recorded Feb.15, 2018 at Bunker Studios
NY在住のヴォーカルインプロヴァイザー、コンポーザーの北村京子がリーダーを務めるカルテット「Tidepool Fauna」(潮だまりの動植物)のデビューアルバムである。北村はNY生まれ。10歳から14歳までジュリアード音楽学校でピアノを学び、日本の高校と大学を卒業後、フジテレビの報道記者となり、パリ特派員に。退社してNYに戻り、日本のファッション誌のライターなどとして活動した後、「どういう展開でミュージシャンになったのか本人もよくわかっていない」という。2010年からはアンソニー・ブラクストン率いる音楽団体 Tri-Centric Foundation の一員となり、その後、団体のディレクターの一人に就任した。ブラクストン作品のほか、数々の参加アルバムがある。
グループには、ブラクストンの元で共演するイングリッド・ラウブロック(テナーサックス)、ケン・フィリアーノ(ベース)に加え、ラス・ロッシング(ピアノ)との活動で知られる韓国出身の女性ドラマー、ダヨン・ソクが参加。アルバムタイトルの『Protean Labyrinth』(変幻自在の迷宮)は「こんな感じの即興が聴きたい」と命名された。「アルバムに関しては、まず聴きたい即興をスケッチし、それをプレーヤーから引き出すにはどういう曲作りが必要かを考えて書きました」と北村は語る。完全即興の2曲を除く6曲は、ヴォーカルを含む楽器同士の絡み合いを重視して、対位旋律を主体とし、即興のためのオープンスペースを設け、スコアが即興に大きく影響する構造をとる。また、実際の演奏にあたってはホワイトボードを使用するなど、即興の方向性とエネルギーをさまざまな方法で導くようにしたという。
アルバムは、実はサウンドチェックだったという短い即興〈Lure〉で幕を開ける。旋律が文字通りスライドするような〈Slide〉、緩やかに始まった曲が終盤に出口を探して駆け回るようにテンポを上げる〈No Exit〉など、タイトルと作曲内容を照らし合わせるのも楽しい。〈Push One〉と〈Push Four〉はエチュードで、「ジャズスタンダードの即興の枠組みの主体がリズムとコード進行だとすると、ブラクストンの場合はそれが音量だったり、音列の順番だったり、周りのミュージシャンとの相対性だったりします。音量のコントロールがとても大切なので、それを練習するために書いたのが〈Push One〉。〈Push Four〉は4つの音を組み合わせるときの音程の方向の、数学的に可能な全ての組み合わせです」。中盤に配置された即興の〈Deadbolt〉はランチ後の腹ごなしだったそうだ。
しかし何よりアルバムを魅力的にしているのは作品全体を透徹する、モノクロームの夢境を彷徨うような玄妙な美しさであろう。ヴォーカルは言葉を排して「声」そのものに徹し、エッジのマイルドなテナーサックス、包容力豊かなピッツィカートとアルコ、バランスに優れたドラムとのコラボレーションが滋味深い。そしてそのサウンドの起点となっているのが、やはり北村の「声」であり、音楽を導くリーダーシップである。
なおアルバムは、bandcamp でのリリース。CDは150枚限定。デジタルアルバムにはボーナスアイテムとして、英文ライナーノーツと〈Tripwire〉〈Slide〉〈No Exit〉〈Things We Need (aren’t all that much)〉〈Push Two〉の楽譜のダウンロードが付いている。「何をやっているかよく分からないと度々言われる作風ゆえに(笑)、音作りの過程が少しでも伝われば嬉しいと思ったことと、ストリーミング配信が主流になっている中、アルバムをDLしていただくからには何かしら付加価値的要素があった方がよいのではないかという判断も働きました」と説明する。
彼女によれば今後、『Protean Labyrinth 2』『Protean Labyrinth 3』を企画しており、まだ書けていない〈Push Three〉も作曲したいという。音の迷宮がどんな変化を遂げていくか楽しみだ。
(文中敬称略)
free jazz、improvisation、anthony braxton、jazz right now、Ingrid Laubrock、Kyoko Kitamura、Ken Filiano、Dayeon Seok