#1635 『山崎阿弥 / quantum quantum』
Text by Akira Saito 齊藤聡
Self-release
山崎阿弥 Ami Yamasaki (voice)
Singing, drawing, embroidery and graphic design by AMI YAMASAKI
Recorded, mixed and mastered by Makoto Oshiro
in Tokyo 2019
国内外のインプロシーンにおけるヴォイス・パフォーマーは少なくはない。だが、これほどまでに多彩なヴォイスを提示できる者はそうはいないに違いない。従って、山崎との類似点を見出して表現者の系譜を辿ることに大きな意味があるとは思えない。
彼女のヴォイスは単に喉や口腔のみを特徴的に使って発生させられるのではない。序盤に胸を叩く音が収録されている。山崎によれば、右手で胸骨と肺とのあいだにある空間に刺激を与え、ヴォイスを活性化させるための命令を送ったときの音である。
これはパフォーマーの「癖」ではなく、自身との意図的な対話だ。さらに驚くべきことに、山崎は対話相手たる体躯の構造を深く把握して動いている。身体の左右非対称は先天的・後天的に誰にでもあるものだが、彼女はそれを利用し、自身のねじれと逆方向に回転して力強さを、順方向に回転して穏やかさやきめ細やかさを表現している。山崎の身体との対話と共同作業によるヴォイスの創出について、山塚アイは「シンセサイズしている」と表現したという。
後半は、都心にある小さな「森」におけるフィールドレコーディングである。おそらく聴き手によって各々異なる風景が幻視される。それは音による抽象的な精神風景などではない。風、鳥の声、葉叢のざわめき、水流、体重で潰れる石や草。音波や音声言語がいずれかに従属することなくシームレスに発せられ、それらと並列に置かれる。これは風景へと渡される橋(引用、手段)ではなく、ヴォイス自体での表現であり、風景との共存であり、成り替わりだ。
そして、その音風景は、突然終わりを迎えることになる。聴く者はあたかも映画の白い画面を凝視しながら、ここに居る自分自身を再発見することだろう。
(文中敬称略)