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CD/DVD DisksReviewsNo. 259

#1641 『八木 隆幸 Trio / Matrix ~ Live at the Adirondack Cafe』

text by Masahiko Yuh 悠 雅彦

アディロンダックレーベル AD1004

八木隆幸 (p)
伊藤勇司 (b)
二本松義史 (ds)

1. スウィート・ アンド・ ラブリー
2.セレニティ
3.ストールン ・モーメンツ
4.ホワット・ イズ ・ディス・ シング ・コールド・ ラブ?(恋とは何でしょう?)
5.アイム ・ゲッティング ・センチ-メンタル ・オーバー・ユー(センチになったよ)
6.ビュー ・フロム・ ニューアーク
7.マトリックス

Recorded 2019年3月5日&5月7日 at アディロンダック・カフェ、東京神田神保町
Recording & editing engineer: Masayoshi Masubuchi 増淵正義
Produced by Osamu Takizawa 滝沢 理
Executive producer: Nobuyuki Horiguchi


久しぶりにアット・ホームな心地よいピアノ・トリオのライヴ・アルバムを楽しんだ。とはいっても、私自身はこのピアニストとはお会いしたこともないし、これまでに発売したという11枚のアルバムをただの1作も聴く機会に恵まれなかったことを踏まえて言えば、この作品を聴いてその出来具合を云々する資格が私にはないことはほぼ間違いない。その事実を認めた上で、このピアノ・トリオの新作の心地よさが奈辺にあるかを探ってみようと思う。

この八木隆幸というピアニストは京都生まれで、現地の同志社大学を出た後、研鑽を積む覚悟でわたったニューヨークでウォルター・ビショップJrら何人かのピアニストについて実地にジャズを演奏する技術を学んで会得し、帰国後いわゆる実力派のピアニストとして頭角を現して注目を集めるようになった。小西啓一氏が書いたライナーノーツから拝借するのだが、ディスク・ユニオンが狼煙を上げた ”ジャズ・トーキョー・レコーズ” の記念すべき第1作のアーティストに選ばれたのが八木隆幸であり、あたかもこれで弾みがついたように2年後には再びニューヨークに飛んで初の2管編成のアルバムを制作するなど、まさに精力的な吹込活動を展開して、一躍本邦の代表的ピアニストとしての活躍を欲しいままにしはじめたといってもいいのではないだろうか。トリオによるこの最新作は神田神保町のジャズ・スポット「アディロンダック・カフェ」におけるライヴ演奏で、このライヴハウスのオーナーである滝沢夫妻によってプロデュースされたもの。プロデューサーというよりいかに夫妻がこの八木隆幸というピアニストと、ベースの伊藤勇司、ドラムスの二本松義史からなる八木隆幸トリオに惚れ込んでレコード吹込を買って出たかがよくわかるライヴ・アルバムとなっている。

ベースの伊藤勇司は大阪府出身。独学でベースを習得し、ベース奏者ロドニー・ウィテカーと出会った縁で、同氏が教鞭をとるミシガン州立大学やモンタレー州の選抜メンバーとのジョイント・コンサートなどで力量を発揮し、その後の2013年からは東京を中心にベーシストとしての活動の場を広げ、岡崎好朗や多田誠司らのグループでも力を発揮しているのみならず、近年は椎名豊トリオやハーリン・ライリーらのグループでも気を吐いている。

一方、ドラムスは二本松義史。福島の出身で、洗足学園で大坂昌彦に師事した後バークリー音楽大学へ進学し、その後ニューヨークで活動したあと2008年に帰国して活躍を開始した。特に2009年、横浜ジャズ・プロムナードでは山田拓児クィンテットでグランプリを獲得するなど大きく飛躍した。これまで米国滞在時に結成したUoUによる第1作『Home』や、2013年には第2作『Take the 7 Train』を発表して意気軒昂ぶりを発揮している。

リーダーの八木隆幸は京都出身のピアニスト、作編曲家。ニューヨークで先に触れたウォルター・ビショップJr.をはじめロニー・マシューズ、バリー・ハリス、ノーマン・シモンズ、フランク・ヒューイットについて学び、帰国後はN H Kの505セッションなどに出演して注目を浴び、浅草ジャズ・コンテストではソロ部門でグランプリを獲得するなど活躍が目覚ましい。2015年、Jazz Tokyo (ディスク・ユニオン)の新レーベルより発表した『Skyscraper』、続く『New Departure』などの吹込作で俄然注目を浴びつつある期待のピアニストだ。

オープニングの「スウィート・アンド・ラヴリー」でピアノの音が飛び出すと、途端にすべてが活性化するスリリングな滑り出しのスマートな勢いが、このあと始まるトリオの快演を充分に予感させる。「Sweet And Lovely」といえば思い浮かべる、往年のセロニアス・モンクのようなとつとつとした語り口調が妙に懐かしい。 それにしても、かくも音程のいいピッキングの確かなベーシストとは久しぶり。ノリも上々で、実に気持ちがいい。

本作の演奏曲はいわゆるスタンダード曲が「スウィート・アンド・ラヴリー」を含めて3曲(1、4、5)。ジャズ・オリジナルが今やスタンダード化したオリヴァー・ネルソンの「ストールン・モーメンツ」とジョー・ヘンダーソンの「セレニティー」、及びチック・コリアの「マトリックス」の3曲。これに八木隆幸のオリジナル曲「ヴュー・フロム・ニューアーク」を加えた7曲で構成されているが、どれも実にスマートな演奏で3人の演奏家たちの知的な輝きが映える。

(2)以下の演奏についてはくどくどしい解説は不要だろう。八木隆幸の演奏で聴きごたえがあったのはコール・ポーターの「恋とは何でしょう」の6コーラス。この達者な手さばきが彼の持ち前のテクニックなのだろう。ここではビートにまったくのブレがない。いかに伊藤のベースと、とりわけ二本松のドラムスの正確で活きのいいリズム感の良さが、格好のコンビの良さを発揮する気持ち良さを生んだかということだろう。(5)のブラッシュワークの4ビートの気持ちよさも格別。八木の3コーラス、伊藤の2コーラスも気持ちいい。コリアの「マトリックス」が最後を飾るが、八木と二本松による12小節交換のチェイスが素晴らしい。とにかく3者の演奏にはどこにもごまかしがない。ある意味ではすこぶる健康的なピアノ・トリオゆえの快感に酔わされた1作だった。(2019年10月31日記)

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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