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CD/DVD DisksNo. 271

#2026 『眞壁えみ /アニバーサリー 』
『Emi Makabe / Anniversary』

text by Rakashi Tannaka 淡中隆史

Greenleaf Music(国内発売:BSMF 11/20)

Emi Makabe, voice/shamisen
Vitor Gonçalves​, piano/accordion
Thomas Morgan, double bass
Kenny Wollesen, drums/vibraphone

01. Treeing
02. Joy
03. Chimney Sweeper
04. Moon & I
05. Something Love
06. Flash
07. I Saw The Light
08. Mielcke
09. O Street
10. Rino
11. Anniversary

Recorded at Brooklyn Recording, New York City on August 25, 2018
Recording Engineers Andy Taub, Nate Mendelsohn, Akihiro Nishimura
Mixed by Nathaniel Morgan at Buckminster Palace
Mastered by Wayne Peet at Newzone Studio, Los Angeles


ニューヨークで暮らすヴォーカリスト・作曲家、眞壁えみ(Emi Makabe)のセルフ・プロデュースによる新作アルバム。11曲の自作から「楽器としての声」で「どこの国のものでもない言葉」の歌が聴こえてくる。英語、日本語、不思議なことば、ヴォーカリーズが連なり、綴られていく。

NYを活動の基盤としている日本人の音楽家が多いなかで、彼女の音楽だけからはNY的類型から離れた空気が流れてくるのはなぜだろう。

ききなじんでいくうちに日本語の歌すらも世界のどこを表象しているのかわからなくなる瞬間がおとずれる。ひとつひとつの曲からは漂うように循環するメロディーと新鮮でおだやかな空気感が湧きだしている。

2020年10月デイヴ・ダグラス(tp)が主宰するグリーンリーフ・ミュージック(Greenleaf Music)からリリースされた今作『Anniversary』(アニバーサリー)は眞壁えみが 2012年にNYのシティーカレッジを卒業した時期に制作、2016年にリリースされた『Out of Time』(アウト オブ タイム)を除いて実質的なデビュー・アルバムだ。

レコーディングは2018年の夏、ブルックリンのスタジオ”Brooklyn Recording”でのたったの1日。収録されただけで11曲もあるのに、とても信じがたいことだ。音楽的パートナーで夫君のトーマス・モーガン(b)、ヴィトー・ゴンザルバス (ピアノ、アコーディオン) そしてケニー・ウォルソン (ドラム、ヴァイブラフォン) に彼女の三味線、ヴォーカルをフィーチャーしたユニークでシンプルな編成。どの曲でもトーマス・モーガンのベースが彼女を支えている。そのフォルムは一見複雑なように見えるけれど音楽の、音像の中核をなしているのがわかる。左右に大きく広がるケニー・ウォルソンのドラムスの美しさ、ブラジル出身のヴィトー・ゴンザルバスの繊細なピアノ、アコーディオンはサウンドイメージを肯定的で透明で清らかなものにしている。4人のコミュニケーションの親密さがアルバムのすみずみに行き届いているのがうれしい。「うたのありかた」は大学で師事したというテオ・ブレックマンゆずりの現代的なもの。聴き手をリラックスさせ、密かなユーモアのなかに開放する。

今、「危機のニューヨーク」でなぜこれほど無垢な音楽が湧きあがってくるのか。と考えてしまう。

2020年、一時期は1日に800人以上が亡くなっていたNYでは生まれるはずのない作品。レコーディングとミックスが完成して1年と少しが経ってリリースを計画しているときに世界でNYで、「コロナ」が深刻化したことになる。

彼女については音源と資料、限られた映像などしかなく依然として「ナゾのひと」のままなのだけれど映像や歌声からは聡明でやさしい姿が伝わってくる。Jazz Tokyoにしていただいたインタビューへの答えからその実像を探してイメージしてみよう。

JazzTokyo: 何処の国の言葉でもないのですね。
眞壁えみ:  言葉ではないです。ヴォーカリーズです。

といったように。

JT: アルバム・タイトルの「 Anniversary」は特別な意味がありますか?

E.M: アルバム・タイトル『アニヴァーサリー』 (記念日)には二つの意味があります。一つは「アニヴァーサリー」というトーマスの為に書いた曲からきており、作ったその日が二人の記念日だったのでタイトルにしました。とても大切な曲です。もう一つの意味はこのアルバムのレコーディングをした時がちょうど日本からニューヨークへ来て10年目の記念の年でした。このアルバムはこの10年間の反映です。ニューヨークで学んだことや出会った人々、影響を与えられたもの、支えてくれたミュージシャンや友人たちのおかげでできたものです。その意味も込めてアルバムのタイトルを『アニヴァーサリー』にしました。このアルバムを感謝を込めて、支えてくれた両親、家族、友人 そして師匠に捧げたいです。

JT: デイヴ・ダグラスのレーベルからリリースされる経緯について説明願います。

E.M: 今年の初め、マスタリング以外が完成して、レーベルを探そうとした矢先にコロナが深刻化しました。レーベルを探すには最悪の状況だとは思いましたが、やるだけやろうと、いろんなレーベルからCDを出してきた経験のあるミュージシャンの友人に相談したところ、彼にグリーンリーフ(デイヴ・ダグラスによるレーベル)を強く勧められました。なぜならグリーンリーフは他のレーベルのように新しいアルバムをたくさん出すようなことはせずに、アーティスト一人一人を大事にするから、と。 そう聞いて、今までデイヴとは一切面識もありませんでしたが、グリーンリーフに音源をのせてメールしてみました。そしたらありがたいことにデイヴから返送がきて、リリースすることがすぐに決まりました。とても幸運だったと思います。

■作詞、作曲はそれまでに長い期間につみかさねられ、たくわえられて出来上がったものだから、2020年の「危機のNY」をすこしも感じさせることがないのもあたり前なのかもしれない。

JT: 先日、ピアニストの海野雅威さんがNYの地下鉄で暴漢に襲われ鎖骨を折るなど大怪我しま した。一説によるとアジア人に対する差別が原因ともいわれていますが、どのように受け止められていますか?

E.M: 海野さんは私も知っていますし、聞いた時は信じられないくらいショックでした。 今アメリカは本当に危機に直面していると肌で感じます。何が正しくて何が悪いのか、正しい見解や判断ができにくくなっているように思います。コロナの解決が見えないアメリカでは誰もが先の見えない未来へ不安を覚え、自由のきかない日々、仕事のできない日々にストレスを抱えています。このように精神的に大きなストレスや不安をかかえる中で、追い討ちをかける かのようにアメリカのリーダーは非難と憎悪を植え付けるような発言をしています。彼はコロナを中国の責任と強く非難し、その発言を何度も何度も聞かされれば、国民の中の意識にもその思想が入り込み、そして無意識的にも中国への憎悪が増していくでしょう。中国人も日本人も韓国人もこちらの人には判断ができませんし、アジア人はアジア人です。彼の発言がヘイトクライムの原因になってることは間違いないと思います。とても悲しいです。アメリカが悪い方向へと向かっている気がして仕方がないです。日本人やアジア人の友人とは夜は出歩かないように、人気の無いところにはいかにようにとお互いに注意しあっています。

■ニューヨークという都市がそこに住むひとに与える影響は信じられないほど大きい。2020年春以降、現地のリアルタイムの状況は、例えば長くブルックリンに住むカヒミ・カリィのレポートで、あるいはハーレムの北側、セントニコラス公園近くでの最近の海野雅威さんの暴行被害で周知されているはずだ。2020年秋の現状では海外から日本に帰国していて帰れなくなった人、海外に行ったまま日本に帰れなくなった人たちも身の回りにたくさんいる。「そんなNYで」10月にアルバムのリリースを決定できた彼女の日常はどのようなものなのか?

JT: コロナ・パンデミック中は行動が極端に制限されていると思いますが、その間どのような生活をされているのでしょう?

E.M: デビューアルバムのリリースが5月の初めに決まってからは、リリースのために毎日忙しくしています。パンデミックなってから仕事も激減し、友人にも会えませんし外にもあまり行けませんが、リリース準備のために時間が取れたことは良かったです。

JT: ヴォイスについては、ECMからアルバムが出ているテオ・ブレックマンの影響があるようですが、テオとの関わりについて教えてください。

E.M :テオは私の大学院での歌の先生です。大好きな歌手だったので、彼のレッスンが取れると分かった時はとても嬉しかったです。アレンジメントや作曲法を習えるのかと思ったのですが、彼からは歌の発声やテクニックを徹底的に習いました。

JT: このアルバムの構想はいつ頃できたのでしょうか?

E.M: 大学を終えた2015年から音楽家として活動しました。一年後の2016年位からアルバムを 作りたいと考えていました。

JT: 楽曲は長い間にわたって書かれたようですね?

E.M: はい、ほとんどが2015年から2018年の間に書かれたものだと記憶してます。

JT: オープナーの<Treeing>は何処かの国の言葉のようにも聴こえますが、何処の国の言葉でもないのですね。
E.M: 言葉ではないです。ヴォーカリーズです。

JT: 詩についてはウィリアム・ブレイク (1757~1827) の影響があるようですが、どのような影響を受けましたか?

E.M: 日本の大学で、英米文学を勉強している時に​ウィリアム・ブレイク​の作品を知りしました。読むたびに違う世界が見えますし、その可能性を持つブレイクの作品が大好きになりました。ブレイクの詩や絵からはいつも想像力を掻き立てられます。

「Chimney Sweeper」​はブレイクの詩に音楽をつけた三作目になります。彼の詩に音楽をつけるのが一つのプロジェクトになっています。どういうわけか、彼の詩には何かとても近いものに感じます。メロディをなんとなく歌ってた時にこの詩が当てはまると気がつき、曲にしました。

JT: 音楽的には、書き譜の部分とインプロの部分があるようですが。

E.M: その通りです。「Flash」と「“I Saw The Light」以外の曲にはソロのスペースがあります。

JT: 共演者について簡単に紹介願います。ベースのトーマス・モーガンはECMの諸作でおなじみですが。

E.M: ヴィトール(p)とはシティカレッジで出会い、学生時代から一緒に演奏しているため彼は私の音楽をよく知ってます。ブラジル出身の彼はとにかくリズム感と譜面に強く、その中に繊細さを兼ね備えた素晴らしいピア二ストです。またアコーディオン奏者としても必見です。

ケニー(dr)は私の大好きなドラマーで、歌い手にとってはまさに理想的なドラマーです。彼の音はとにかく綺麗で、声にそって音を出してくれます。また多才で、ポップ、ロック、ジャズ、といかなるジャンルも素晴らしく演奏してくれます。ドラムのみならずヴァイブラフォンも弾けます。「Mielcke(ミルケ)」の中ではケニーが演奏するヴァイブラフォンとヴィトールのアコーディオンの素晴らしいコンビネーションを聞かせてくれてます。

トーマス(b)もケニーと同様で難解なリズムや音楽もやすやすと演奏できます。それだけではなく、ニューヨークで活躍するジャズドラマーのダン・ワイス(Dan Weiss)がトーマスのこ とを“ロック”と呼ぶように、リズムを岩のように堅く強く打ち立ててくれるので 決してリズムがブレません。彼に寄りかかっていれば安心して音楽が進むようなものです。また彼のベースの音はその強さの中に繊細な美しさと温かさを持ち合わせます。とても特別なベーシストです。

バンドメンバーは決して単なる伴奏者ではなく、私の曲には即興演奏が多様に含まれており、4人で一緒に音楽を作り上げています。彼らはお互いをよく聞き合い、その時その瞬間にベストな演奏をしてくれます。このような素晴らしメンバー達とアルバムを作れたことが本当に嬉しいです。

■眞壁えみはニューヨークで55バー、ロックウッド・ミュージックホール、セントピーターズ・チャーチや今はないコーネリア・ストリート・カフェてなどで活動している。 デンマークのコペンハーゲン・フェスティバルに2018年参加。ところが最近の日本では2019年6月に東京渋谷の公園通りクラシックスで石井彰(p)との共演があったのがすべて。テオ・ブレックマンやトーマス・モーガンとの出会いをへて2015年から始まった音楽活動の最初の結晶がこの『アニヴァーサリー』であるならば「コロナ後」には変容した世界へのあたらしいメッセージが待っているはずだ。日本でお目にかかり、直にその音楽に触れて「NYと東京の2020年」を思い出し、話し合える日が来るのが今から待ちどうしい。


淡中 隆史

淡中隆史Tannaka Takashi 慶応義塾大学 法学部政治学科卒業。1975年キングレコード株式会社〜(株)ポリスターを経てスペースシャワーミュージック〜2017まで主に邦楽、洋楽の制作を担当、1000枚あまりのリリースにかかわる。2000年以降はジャズ〜ワールドミュージックを中心に菊地雅章、アストル・ピアソラ、ヨーロッパのピアノジャズ・シリーズ、川嶋哲郎、蓮沼フィル、スガダイロー×夢枕獏などを制作。

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