#2074 『Suomi Morishita featuring Strings Trio/Ein.』
『森下周央彌 feat. ストリングス・トリオ/アイン』
text by Takashi Tannaka 淡中隆史
TMT-001/Tomte’s Records
森下周央彌 (electric guitar, acoustic guitar & electronics)
秦 進一 (violin, viola)
宮田侑 (cello)
+
鈴木孝紀 (clarinet & bass-clarinet)
松岡莉子(celtic-harp)
池田安友子(percussion)
甲斐正樹 (bass)
福盛進也 (recording direction)
1.Intro (Suomi Morishita)
2.Balder (Suomi Morishita)
3.Elf (Suomi Morishita)
4.Leaf (Suomi Morishita)
5.Viking’s Ship (Suomi Morishita)
6.Tomte’s Room (Suomi Morishita)
7.Valö (Suomi Morishita)
8.ą-d.i.n-þ (Suomi Morishita)
9.Ein (Suomi Morishita)
10.Alla vi barn i Bullerbyn (Georg Riedel)
11.Porter la Porte (Masako Hamamura)
All songs arranged by Suomi Morishita except track 11 by Masako Hamamura & Sumi Morishita
Recorded at SPinniNG MiLL, Sakai, Osaka, 1-2 August, 2020
Recording directed by Shinya Fukumori
Recording, mixing & mastering engineer: Katsuya “GUNSOU” Minamikawa
Mixing adviser: Noriaki Takagi
Album cover art & design: Masahiko Fujiwara
Photo: Kozo Ono
なにも知らずに、森下周央彌のファースト・アルバム『Ein』をきいた。
友人のライブに行ったら出演時間をまちがえていて名を知らない演奏家たちがプレイしていた。
あるいは、夢の中で見知らぬパーティーにまぎれこんだら、片隅では楽士たちが不思議な楽器で演奏している。そして、たちまち夢中になる。そんな出会い方だ。
アンサンブル・ミュージックとしての『Ein』に身体性をともなう「踊る」要素は感じられない。からだが揺れてくることはないけれど、そのかわりに心を揺らす舞踊性と映像を呼び起こす奇妙なチカラがある。
初めてではなく、どこかで聴いた記憶がはっきりとある「おと」だ。アルバム2曲目の<Balder>ではアルバン・ベルクの「13楽器の室内協奏曲」やミリアム・アルターの「アルター・エゴ」が頭をよぎった(きっと木管楽器の音からの連想だろう。あとで考えたら、ありえない勘違い)。7曲目の<Valö>でバイオリンからバス・クラリネットに音が漂いながら引き継がれていくときには独特の既視感を感じる。突然に現れるバイオリンの東方的な微分音のピッチやフレージングは限りなく美しく、西洋音楽の枠からは遥かに遠い。それは「アラビック」というよりも、シナイ半島を越えた国や、マウロ・パガーニの地中海音楽により近く、アンサンブルに深い陰影を与えている。
こんなに不思議なイメージを呼び起こされるのは特殊な楽器編成のためでもある。コアをかたちづくるのは「ストリングス・トリオ」。森下周央彌 (ギター)、秦進一 (ヴァイオリン、ヴィオラ)と宮田侑 (チェロ)の3人が「弦」をつま弾いたり、弓でこすったり、はじいたりする。それがトリオの祖型のはずなのに、アンサンブルにはさらにベースとケルティック・ハープという二つの「弦」楽器が加わっている。5人がトゥッティで合奏したら、時を同じくしていったい何本の「弦だけ」が響くことになるのか。その上にクラリネットと、ドロリとした音が鳴っただけで別世界に引きずりこまれるバス・クラリネット、タイム・キープせず、一閃の響きが突き刺さるようなパーカッションが絡んでくる。ピアノやドラムスがリズムを保つジャズ・マナーに親しんだ耳には対極にある音の構造だ。
ふたたびバイオリンがソロをとる時、あっというまにそれまでと違う世界に迷いこんでしまう。ゆっくり立ち現れる変拍子が鳴り続けていても、耳もアタマも相変わらず楽器の音色そのものに惹きつけられいているから変拍子であることに気づかない。とうとう最後まできいてしまうと、全体がギターソロ、ストリングス・トリオ、ストリングス・トリオ+2ストリングス+リード楽器と打楽器というミニアチュールのような変幻自在な組み合わせでできていることがわかってきた。どれが中心で、どこまでが譜面化されているのか、各々のプレイヤーにわり振られた自由とはどういうことなのか、きけば聴くほどテクスチャーがわからなくなる。でも、そのわからなさに身をまかせていれば、確実に気持ちの良い迷宮に誘ってくれるのだ。
森下周央彌(スオミ)の名前を初めて知ったときは「え、スミオじゃなくてスオミなのか」と驚いた。「スオミ」だからフィンランド系の人なのか、たとえばお母さまが熱心なムーミンのファンか。くらいの繋がりがあるのかと勝手に想像していた(こちらも勘違い)。
実際の森下さんの音楽活動はフィンランドからは遠くはなれた日本の関西中心に、「ジャズ」を主軸として行われている。彼のプロフィールを読み、映像を探ってみても、いつも演奏しているのは『Ein』とおおよそかけ離れた音楽のようだ。『Ein』はジャズ・プレイヤーとしての日常の中で森下さんの脳内で10年以上鳴りつづけ育まれてきた音楽なのか。そう考えると、そもそも並外れた「原イメージ」があったからこそ、芽生え、かたちになり、仲間を集って実現できたものであることがわかる。
大阪の堺市にある“SPinniNG MiLL”という明治後期の紡績工場。その空気感とそこに宿った独特のリバーヴ感が音楽を決定づけている。スタジオワークはほとんどが「一発録り」で行われ、必要なダビングが施されているだけとのことだ。信じがたいことだけれど、すみずみまでが見透された譜面があり、適切な言葉でイメージを伝えられたから可能だったのだろう。プレイヤーたちが発揮するべき「のびしろ」も予見され、そのためのスペースは楽しみに準備されている。そんな、おおらかで自信に満ちた作曲家の姿が浮かんでくる。設計図は完璧、それをさらに予測をはるかに超えた美しい実現があったようだ。たった二日間で音が現実に立ち現れてくる瞬間。それに立ち会う森下さんの驚きとよろこびが目に浮かぶようなセッションだ。
何年か待つと次の『Zwei』ができるのかも知れない。
どんな形で現れてくるかは想像すらできないけれど、なぜだか『Ein』とは全く異なるものになりそうな予感がしてたのしみだ。
そのための視覚的なイメージの種はもう森下さんのなかに芽生え始めているに違いない。
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Suomi Morishita 1st Album “Ein” Trailer from Suomi Morishita on Vimeo.