#2083 『フェダイン/ファースト&ジョイント』
Text by Akira Saito 齊藤聡
地底レコード
●ファースト
フェダイン:
Naohiro Kawashita 川下直広 (ss, ts, vln)
Daisuke Fuwa 不破大輔 (b)
Shiro Onuma 大沼志朗 (ds)
Guest:
Yuji Katsui 勝井祐二 (vln)
01. スネークハンド
02. Funny Life
03. King(おーさま)
04. ピーマン ナス イタメ
05. あふりか
06. Let’s talk about a little home
07. フワ ルンバ
08. おまけ
プロデュース:フェダイン
録音:1990年4月1日@Mod Studio、7日@チョコレートシティ
録音エンジニア:北村賢治(エマーソン北村)
マスタリング:鈴江真知子
リマスタリング:石崎信郎
イラスト:スズキコージ
デザイン:西野直樹
●ジョイント
フェダイン:
Naohiro Kawashita 川下直広 (ts)
Daisuke Fuwa 不破大輔 (b)
Shiro Onuma 大沼志朗 (ds)
Guest:
Masato Minami 南正人 (vo, g)
Takayuki Kato 加藤崇之 (g)
01. BURNING FIRE
02. ・・・
03. 朝の雨
04. ON MY WAY
05. WHAT ON EARTH
06. BURNING FIRE
プロデュース:フェダイン
エグゼクティブプロデューサー:KING ZABBY
録音・ミキシングエンジニア:野沢陽介
録音:不明(~1993年)@チョコレートシティ
ミキシングスタジオ:PHOENIX CITY STUDIO
リマスタリング:石崎信郎
アートワーク:スズキコージ
デザイン:西野直樹
フェダインは実質的には1986年から2000年まで活動したグループである。正確に言えば、1986年に不破大輔(ベース)が川下直広(サックス)と大沼志朗(ドラムス)を誘ってトリオが結成されたのだが、しばらくは3人の連名に過ぎなかった。1989年頃、現在六本木ヒルズが建っている場所にあったビアホールハートランドの1階(蔦館)で毎週開催されていたライヴシリーズ「DIG GIG」のある回に、この3人が呼ばれた。オシャレな場であり(どうも不思議なことだがバブル期ならではの現象か)、きっと名前がないとまずいという理由で、不破がフェダインと命名した(*)。そして翌年に吹き込まれた作品が『ファースト』だ。なおラストライヴは2000年12月26日、横濱エアジンである(その後リユニオン企画もあった)。
今般、入手しにくかった『ファースト』と『ジョイント』の2枚が地底レコードから再発された。あらためてこの音に耳を晒してみると、いちどだけ市川りぶるで実際の演奏を目の当たりにしたときの昂揚を思い出してしまう。
『ファースト』は1曲目を除き代々木のチョコレートシティにおける演奏である。上述の「フェダイン最古の映像」について川下は「私ばかみたいに元気だ、呆れる」と書いているが、この演奏も笑ってしまうほど「ばかみたいに元気」だ。なにしろ不破はまだ30代になったばかり、川下と大沼は30代なかばである。大沼は高速強連打を次々に繰り出し、不破は眼を爛々とさせ、つんのめって爆走し、つねに腑に落ちるグルーヴを作り出す。川下のサックスによる濁流は怖いもの知らずであり、いま聴いても唯一無二のグチャドロな雰囲気をもって迫ってくる。それは身体のバランスを考えずに前進するからこそ音が逸脱しよじくれる。演奏がはじまった途端に客が待ってましたとばかりに叫ぶのは、1990年のこの時点で、かれらがすでに共犯空間を作りあげていたことを意味している。
たとえば<ピーマン ナス イタメ>は三者の強度が同じであり、それは題名から想起させる町中華の料理人と客と料理くらいのものだ。あるいは具材と油と化調か。1987年に録音されたフェダイン前史盤『Mile and Half』でのこの曲の演奏については「思わず笑っちゃう食べたい食べたい合唱」と書かれており(***)、すなわち直接的な音楽的衝動が強力な音楽となるプロセスだということだ。『Mile and Half』から『ファースト』までの2年半の間に川下が吹く主旋律は少しこなれ、終盤で大沼が盛り上げるドラムソロは粗削りなものからよりエネルギーの向き先を集中させるように変化したように聴こえる。そして『ファースト』から2年後の同じ場所における演奏(『フェダインII』)では「やることがわかっている」かのように振舞っており、逆にこの初期の町中華の臭気が魅力的に思えてくる(とは言え、なにもスマートに変貌したわけではない。要はぜんぶおもしろいのだ)。
川下と山崎弘一とのデュオ『I Guess Everything Reminds You of Something』(地底レコード、1997年)における沁みるような音が印象深いアメリカ民謡<あふりか>だが、なにしろこちらはフェダインである。大沼のドラミングは力強く伸び縮しみごとだ。そのソロのあとに川下が得体の知れない絶叫のように入ってくるところではどうしても驚いて笑ってしまう。川下はかつて故・高木元輝がテナーで演奏に入ってきたときのことを「『ブォーゴォー』という音がして、何が起きたのかと思って横を向いたら、高木さんが吹いていて。高木さんの音だった。すごい音だった。」と述懐しているが(**)、それは決して他人事ではない。
<フワルンバ>は2本吹きからメロディをなぞってゆくのだが、それゆえに場の熱気を確信犯的に高めてゆく。翌年の『Live 1991』における同曲の演奏では不破のベースが牽引するようなあんばいで、そのためか川下は遊んでさまざまなメロディの断片を披露し、大沼もリラックスして力を放出しているように聴こえる。1997年のメールス・フェスティヴァル(ドイツ)における『Live!』では「やることはわかっている」感がやはり強くなっているのだが、ゲストとともに歓喜狂乱のステージを出現させたことが追体験できる。だからこそ、ここでも『ファースト』の「とにかく演る」という性急さがおもしろく思える。
<おまけ>は大人の事情によるものだったのか<Over The Rainbow>であり、疲れたあとの躁状態なのか川下のヴァイオリンが奇妙に浮ついていて、聴くほうは此岸に着地するというより変な場所に取り残される。
『ジョイント』はフェダイン名義ではあるがゲストの南正人もまた主役である。とは言え、南正人ファンが聴いたらきっとサウンドに違和感を覚えただろう。それは<朝の雨>のヴァージョンを比べてみるとよくわかる。アルバム『喜望峰』(キング、1977年)に入っているそれは南のペースであり、期待から逸脱しようもない(だから良いともつまらないとも言うことができる)。だが本盤では背後でもうひとりのゲスト・加藤崇之の宇宙的なギターが鼠花火のごとく火を吹いてのたうちまわっているのだ。そのノリに加えて川下のサックスが濁りを持ち込む<On My Way>や<What On Earth>ではまるで違う世界が重なるようでもあり、情がマシマシになるようでもあり、果たして当人たちはどうだったのだろうと思うと不思議だ。もっとも川下は山本シン、三上寛、渡辺勝といった灰汁の強い歌手たちと共演しており、ハマって聴こえるのは当然なのかもしれない。
そして、脈動のように音が聴く者の身体とシンクロするのは不破のベースによるところが大きい。加藤のギターはずっとわけのわからなさでサウンドを覆っている。典型的なフェダインの音楽でも、また他で聴ける南正人の音楽でもないところが本盤のおもしろさに違いない。
【フェダインの公式音源】
●Mile and Half(Taruho Farm)(川下・不破・大沼名義)
録音 1987年10月25日@足穂
●ファースト(Chocolate City) ゲスト 勝井祐二(4/1)
録音 1990年4月1日@Mod Studio、7日@チョコレートシティ
●Live 1991(Studio Wee)
録音 1991年11月9日@バウスシアター(東京ニュー・ジャズ・フェスティヴァル)
●フェダインⅡ(Nutmeg)
録音 1992年1月15日@チョコレートシティ
●フェダインIII(トランジスターレコード)
録音 1992年3月14、15日@足穂
●フェダインIV 初期版(月刊不破大輔) ゲスト カズ中原(1994年)
録音 1992年@チョコレートシティ、1994年@拾得
●フェダインIV Complete Version(月刊不破大輔)
録音 1992年@チョコレートシティ
●ジョイント(Nutmeg) ゲスト 加藤崇之、南正人
録音 不明(~1993年)@チョコレートシティ
●若松孝二『エンドレス・ワルツ』出演
録画 不明(~1995年)
●Live!(地底レコード) ゲスト 北陽一郎、泉邦宏、花島直樹、カズ中原、遠藤公義、星野建一郎
録音 1996年5月26日@メールス・フェスティヴァル
●フェダイン!(地底レコード) ゲスト 梅津和時、太田恵資、山本俊自、山崎弘一
録音 不明@Buddy、GOK Sound Studio
【注】
* 川下直広「マネキネコ商会のブログ」(2019年7月9日)
https://ameblo.jp/manekinekosyoukai/entry-12492166627.html
** 川下直広「マネキネコ商会のブログ」(2018年2月1日)
https://ameblo.jp/manekinekosyoukai/entry-12349304689.html
*** 藤岡雅彦(『Mile and Half』ライナーノーツ)
(文中敬称略)