#2084 『宮本貴奈/Wonderful World』

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text by Toshio Kobari 小針俊郎

KATS 1019 ¥2,850(税込)

宮本 貴奈(p)
*参加ミュージシャン
tea(vo)
パット・グリン(b)
石若 駿(ds)
小沼 ようすけ(g)
佐藤 竹善(vo)
大儀見 元(perc)
中川 英二郎(tb)
川村 竜(b)
中西俊博(vln)
(参加曲順)

1. For H.// Sweet Time Suite Part Ⅱ (ピアノトリオ feat. tea, Pat Glynn & 石若駿)
2. Double Rainbow – 薔薇に降る雨 (feat. 小沼ようすけ)
3. Hello Like Before~Just the Two of Us (feat. 佐藤竹善 & 大儀見元)
4. It’s All Up to You (feat. 中川英二郎 & 川村竜)
5. Tea for Two (feat. 中西俊博)
6. Fragrant Forest – 香る森 (ピアノソロ)
7. Driftwood – 流木 (feat. 小沼ようすけ)
8. Lady T’s Steps (feat. 中川英二郎)
9. Blue Motion (ピアノトリオ feat. Pat Glynn & 石若駿)
10. River of Time (feat. 中西俊博)
11. What a Wonderful World (ソロ弾き語り)
※M-4、6、7、8、9、10はオリジナル曲

Produced by 宮本貴奈 & 三田晴夫
Arrangement by 宮本貴奈


宮本貴奈のエレンガントな魅力

『Wonderful World』は宮本貴奈の7年振りのリーダー作。現今の日本ジャズ界で活躍中の豪華ゲストを迎えた充実の一枚は2020年度ミュージック・ペンクラブ音楽賞の「最優秀作品賞」を受賞している。

宮本はバークリー音楽大学映画音楽作曲科・ジャズ作曲科、ジョージア州立大学ジャズ教育学科で学び、その後も欧米での活動が長く、日本におけるアルバム・デビュー『On My Way』の発表は2013年だった。

学歴、活動歴からみて彼女の音楽は十分に洗練されたものであろうと推察していたが、初めて彼女のライヴを聴いたとき、直観的に日本のこれまでのピアニストとは違うサムシングを感じた。それは彼女が帰国した2013年の頃のことだ。この感覚を言葉にするのは難しいのだが、敢えて言えば「音楽にエレガンスがある」だろうか。

エレガンスは単に美しいだけではなく、洗練すなわち夾雑物を含まない美のことだ。生粋にして雄勁。

宮本の音楽を聴くと、彼女の信念から生まれるものなのだろう、ジャズという語法をとおした自己表現にしなやかな勁さを感じた。剛直な強さではなく柔軟な勁さだ。このしなやかさが「日本の他のピアニストとは違うサムシング」を私に感じさせたのだ。

簡単に言えば影響力の大きな先達の音楽から自由であるということ。例えばバド・パウエル風だったり、ビル・エヴァンス風であったり、キース・ジャレット風であったりすることがない。学びと研究を通して、彼女は彼らの音楽を十分に咀嚼してきただろうが、自らの実践の場では決して追従しない。「柔軟な勁さ」というのはこの点だ。

新作『Wonderful World』でも彼女のこの個性は存分に発揮されている。異なる持ち味の9人のゲストを招き、ピアノ、キーボードを中心に様々な編成で奏でられる11曲。これがすべて宮本貴奈のエレガンスで貫かれ一つとして不調和な曲がない。

しなやかなジャズ観

器用さに任せて何でもかんでも片端から盛り込んだようなアルバムがある。当人は我が腕の見せ所とばかりに力量を誇示したいのだろうが、アルバムとしての統一感に欠けるケースが多い。

長時間録音が可能になったLP時代から形成されてきた構成力を持つレコードの作り方はCD時代にも有効だった。音楽のデータ販売が主流になりつつある現在、60分ならば60分の物語を組曲のように聴き通す聴取形態は廃れていくように見えるが、少なくともジャズ関係者はそこに堕ちないでもらいたい。

宮本貴奈のアルバム『Wonderful World』を聴いて感じたことは、構成力も豊かな物語が60分にわたって実に巧妙に編まれていることだ。

言葉は悪いかもしれないが、宮本とて器用な一面は持っている。だからこそ有名曲、オリジナルを織り込み、それを様々なスタイルで演奏し、楽器編成を変化させながら綴っていくことができた。凡庸なミュージシャンがやればとりとめもなく散らかって、語るべき物語のカタチが瓦解してしまうだろう。これを食い止めるものは宮本の音楽性の多彩であることは言うまでもない。

しかしより重要なことは、遠心的に広がろうとする個々の曲を、宮本の握力がひしひしと掴んでいることだ。編曲能力が抜きんでているのだろう。曲や演奏者を自由に遊ばせ力量を引き出しながら、結果的に自分の思う壺に落とし込んでいる。

Tea(voc)、パット・グリン(b)、石若駿(dms)、小沼ようすけ(gui)、佐藤竹善(voc)、大儀見元(perc)、中川英二郎(tb)、川村竜(b)、中西俊博(vln)ら豪華ゲストの面々も、伸び伸びと演奏しながら宮本の掌中で遊ばされていることに未だに気付いてもいないだろう。

宮本の豊かな音楽性、ピアノ演奏テクニック、作編曲能力と並んでこうしたフォーメーションを組めるのは彼女のしなやかなジャズ観によるものだ。

宮本貴奈の懐の深さ

一例をあげておく。本作の中で最もかけ離れた曲調のものは①の「For H」と⑤の「Tea For Two」だろう。

まず①は1990年ECMにケニー・ホイーラーが残した『Music For Large & Small Ensembles』の中の一曲。原曲はヴォイスも含まれる大編成オーケストラをホイーラーがアレンジしたものだ。

彼は1930年カナダ生まれでイギリスやヨーロッパで活躍したトランペッター。年齢的にいってバップ以降のジャズを学んだ世代だが、1960年代後半のヨーロッパのフリー・ジャズにより親近感を覚えたはずである。上掲作も含むECMに多くの作品を残したことがそれを裏付けている。

この作品は十分にメロディアスなもので無調でも偶然性の音楽でもないが、アメリカのジャズメンからは決して生まれ得ないものだ。下手をするとニューエイジ・ミュージックに聴こえかねないが、そこに堕ちないのはホイーラーの自恃の心だ。自然や生命に繋がる詩的な音楽という意味でニューエイジと共通するものもあるが、宮本はここにホイーラーの自恃を感じ取った。従って、ある意味で非常に際どい瀬戸際に成立している音楽だ。だからこそ彼女はそこに魅かれたのではないか。

前述のようにホイーラーのオリジナルは大編成のオーケストラによるものだが、宮本はこれをteaのヴォイスとピアノ(キーボード)・トリオという最小限の編成にアレンジして演奏している。基本となるリズム・パターンが繰り返され、ある慄きがベースとなるのと対照的に、teaのヴォイスが高空を飛翔する。その立体的な隔たりが讃仰の念を起こさせる。ヴォイスは使い方によってはうるさく感じられる場合もあるが、宮本の使い方は抑制もきいて鮮やかなものだ。パット・グリン(b)と、石若駿(dms)も彼女の選曲と編曲の意図を理解して過不足ない。アルバムの一曲目にもってきたのも、この多彩な物語の序章として位置づけたかったからだと想像する。もっと長く聴いていたいとおもったが、60分の物語のバランスを考えたうえのことだろう。宮本のオリジナル作品に対する愛着を感じさせる見事な演奏である。

一方⑤は収録全11曲の中で最も有名な曲だ。100年近く前の1924年の作品で、ありふれているといってもいい。ピアニストの演奏としては何といってもアート・テイタムの得意曲だ。バド・パウエルも名演を残している。歌ではアニタ・オデイの超速超絶のスキャットがよく知られている。

宮本はこの曲では弾き歌いでチャーミングなヴォーカルも披露している。宮本ほどのテクニシャンならば、ここにあげた先行する名演名唱の向こうを張ってと、聴き手は勝手に期待するかもしれないが、彼女の見識はこれを退ける。ピアノも歌も上掲の誰にも追従しない。ゆったりとマイ・ペースで中西俊博(vln)との共演を楽しむ風情。あえて近似の先行事例を探せばドリス・デイだろう。新婚夫婦の幸福感いっぱいの睦語り。アーヴィング・シーザー(詞)とヴィンセント・ユーマンス(曲)の歌曲の内容を知れば、これ以外の方法はないのかもしれない。

宮本の歌に寄り添う中西の的確なオブリガート、ヴァイオリンとピアノの短い独奏のあと二人のチェンジなどまさに睦言。ご馳走様といいたくなるような親密さがある。しかしドリス・デイ版の手放しの甘さと、それを助長する見え透いたアレンジが宮本版にはない。あるのは二人の成熟した男女の愛の交感であり、そのぶん夾雑物が削ぎ落され、これまで無数に作られたであろう「二人でお茶を」のどれにもなかったエレンガンスが生まれている。夫婦のじゃれ合いともいうべき得手勝手な願望が、ふんだんなライムを含む愛の交感になっているのだ。これも際どい所で踏みとどまる宮本の成せる業だと思う。

以上、私の一存で殊更に二曲を選び、謹聴したうえで思う所を述べた。対照的な曲だからだが、この隔たりこそ本作の特徴を語るにふさわしいと感じたからでもある。これほど距離のある曲を選びながら(他にも選曲にはかなりばらつきがある)アルバム全体として調和に達しているのは、宮本には不揃いなこれらの曲を包括する能力があるからだ。個性の異なるゲスト・ミュージシャンにしても同じことだろう。

これを可能にしたのは、宮本が自ら理想とするジャズの在り方を一旦概念化し、無用のノイズを取り払って具体化しているからではないか。だから曲ごとの手段と目的が明確であり、共演者にも意図がわかりやすい。且つ曲調の不斉があっても司令である宮本の位置は不動だから遠心的に広がりがある場合も、同心円内の出来事としてしなやかに統一感は保たれる。

これほどの力技を悠然と成し遂げた宮本の懐の深さは、やはり先人のジャズを研究し尽くした成果だと感じた。個性ばかりを偏重して目的を見失ったようなジャズもあるが、宮本の根を深く下した独自の、そして本物のジャズに感銘を受けた次第である。


小針俊郎(ジャズ・プロデューサー)Toshio Kobari
1948年3月横浜生まれ。1970年開局の年にFM東京入社。番組編成、音楽番組制作部門に勤務。現在一般社団法人横浜ジャズ協会副理事長、横濱ジャズ・プロムナード実行委員会プログラム部会長、一般社団法人日本ジャズ音楽協会副理事長などを務めている。

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