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CD/DVD DisksJazz Right NowNo. 286

#2155 『ダニエル・カーター+石当あゆみ+エリック・プラクス+ザック・スワンソン+ジョン・パニカー/Open Question Vol. 1』

Text by Akira Saito 齊藤聡

557 Records

https://danielcarternyc.bandcamp.com/album/open-question-vol-1

Daniel Carter (trumpet, flute, clarinet, soprano, alto, tenor sax)
Ayumi Ishito 石当あゆみ (tenor sax/fx)
Eric Plaks (piano, Wurlitzer)
Zach Swanson (acoustic bass)
Jon Panikkar (drums)

1. Blues
2. Dimly-lit Platform
3. Confidential BBQ
4. Synchronicity

Recorded November 11, 2020 by Chris Benham at Big Orange Sheep, Brooklyn, NY
Mixed by Akihiro Nishimura
Mastered by Jeremy Loucas at Sear Sound, New York City
Cover painting: Echo by MiHee Kim Magee
Graphic design by Sergio Vezzali
All music by Open Question

ニューヨークでもパンデミックの隙を見つけて演奏活動が続けられている。中断を強いられつつしぶとく継続している貴重な場もあり、誰かの自宅に集まることもある。サックスの石当あゆみによれば、2019年にギターのアーロン・ネイムンワースのハウスコンサートでピアノのエリック・プラクス、ベースのザック・スワンソン、ドラムスのジョン・パニカーと知り合ったという。やがてコロナ時代に突入し会うことが難しくなったが、石当とエリックはジョンの家でこっそり週1回のセッションを続けた(「パンデミック・トリオ」と自称したこともあった!)。そして野外コンサートができる機会があれば、アーロンの呼びかけで「Playfield」と題したセッションを行った。

マルチ・インストルメンタリストのダニエル・カーターが痛めていた膝を治して復帰し、加わったのも「Playfield」においてである。かれは現地で大きなリスペクトを集める存在だが、日本国内においては明らかに過小評価されている。ひとつの楽器を扱ったりパワフルなブロウをみせたりするプレイヤーはわかりやすく評価されやすい(たとえば「テナーの求道者」のような者のほうが「キャラ」になる)。ダニエルのありようはそれとは対照的であり、ここでもその独特さを発揮している。いろいろな木管だけではなくトランペットも吹き、また主となるラインを描いて主導するのではなく、ふと入ってきては抜けてゆく。こうなると管楽器をフロントと呼ぶことも適切ではない。脱力していながらメンバーとコミュニケートし、サウンドに得がたい生命力を与える、それがダニエル・カーターの魅力だ。

一方の石当あゆみはテナーサックスを主に吹く。一聴抑制しているようでいて、そのかわりに音色のグラデーションがとても豊かだ。たとえばマーク・ターナーや、彼女がかつて熱心に演奏を観に行ったというクリス・スピードのテナーの音に通じるところがある。自然の色むらがある筆塗りのようなのだ。これはダニエルの横にいても目立つ強靭さでもあって、カーターの「Blues」における高音域での自由な出入りにも、腹をくくってフルートを追求した「Dimly-lit Platform」にも、余裕をもって伍している。「Confidential BBQ」では技の繰り出しかたがまるでうたのようだ。

本盤では意外なほどに「ジャズ」的な演奏が展開されている。石当、ダニエルというふたりの絵描きによるライヴ・ペインティング、かれらのタッチの間でジョン・パニカーが薄くするどいシンバル音を破裂させ続ける。もちろん不連続な打音の連なりなのだが、聴く意識を長めにとってみると、やはり豊かなグラデーションがみえてくる。ザック・スワンソンが地面を柔らかく響かせるベースには、耳に届くたびにはっとさせられるほどの色気がある。熱気に頼ることのない覚醒とでも言うべきか。

エリック・プラクスの鍵盤は敏捷に四方八方へと駆け巡り、音楽空間のどんな微細なものにもエネルギーを注入しているようだ。実際、かれのプレイは左右の手を同時に外側にストライドさせるなど独特なものであり、その運動が楽器の幅だけでなくサウンド全体にまで拡張しているわけである。「Confidential BBQ」の中盤で潮目が変わって静かになり、ダニエルのトランペットの横でキーボードを弾く際の緊張感を孕んだ雰囲気は、これまで気づかなかったかれの魅力だ。ここにベースとドラムスがふたたび参入してサウンドが再び速度を獲得するのも、エリックがもたらした不穏な胎動があってこそのものである。エリックのピアノトリオによる近作『Within and After』(2018年録音)もなかなかの傑作だったが、本盤のように、仲間によって違う姿をみせるのは嬉しい発見である。

自然体にして遠慮することのないおもしろさがゆっくりと伝わってくる演奏だからこそ、この続きもまた聴きたくなるというものだ。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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