#1353 『Harald Lassen / Rainbow Session』
text by Narushi Hosoda 細田成嗣
Hagen Records – Digital download 01
Harald Lassen – tenor saxophone
Bram De Looze – piano
Anneleen Boehme – double bass
Lander Gyselinck – drums
+ Tore Flatjord – percussion(track 1 & 5)
- Life so far (hasn’t been that bad)
- Gayspectations
- Okay, I’m Harald
- 13.03.87
- Etter storm kommer det sol – og kudos
- Your ImpressionRecorded in Rainbow Studios, Oslo, Norway – May 6, 2016
Recording, mix and mastering by Per Espen Ursfjord and Jan Erik Kongshaug
Produced by Harald Lassen
Coverart by Harald Lassen
All compositions by Harald Lassen
ノルウェー・サックス史を担う新たな才能
Nakamaのベース奏者クリスティアン・メオス・スヴェンセンとのデュオDuplexや、スヴェンセンもメンバーのひとりであるMopti、あるいは女性ベース奏者エレン・アンドレア・ワングが率いるPixelといったグループで活躍し、ノルウェーの音楽シーンで頭角を現してきた1987年生まれのサックス奏者ハラルド・ラッセンが、彼とほぼ同世代であり、LABtrioとしても活動するベルギーの若手ピアノ・トリオを従えた、自身の名義による最初のアルバムが配信限定でリリースされた。収められている演奏は、2014年にLABtrioのライヴを観て一目で気に入ったというラッセンが、その2年後に行われたこのグループのノルウェー・ツアーに同行し、その途中で寄ったオスロのレインボー・スタジオ――〈ECM Records〉諸作の録音で有名な――において繰り広げられたセッションの記録である。これまで管楽器のみならず鍵盤楽器や打楽器、さらには声をも駆使した前衛的/実験的な試みを行ってきているラッセンだが、本盤においてはワンホーン・カルテットという伝統的なジャズの編成のなかでサックスに徹し、比較的オーセンティックな演奏を聴かせている。そのことに加えてすべての楽曲とカバー・デザインを自ら手がけ、ラッセン自身が運営するレーベル〈Hagen Records〉からリリースされた本盤は、まだ若い時分に北欧ジャズ界の巨匠アリルド・アンデルセンとヨン・クリステンセンに才能を見出されていた彼の、その活動に根差す音楽性を改めて捉え返した記念碑的な作品であるといえるだろう。
段々と活気付いてゆくセッションがノリの良いファンキーなグルーヴを聴かせ、フェードアウトされるまで終わりなく続いていく<Life so far (hasn’t been that bad)>からアルバムは幕を開ける。2曲めの<Gayspectations>は一転して自由なリズムのなかで、繰り返されるテーマ・フレーズが響きのアンサンブルを次第に盛り上げていくといった、アルバート・アイラー的な手法を思わせる演奏だ。愛らしいテーマが徐々に牙を剥き出してくる展開が印象的な3曲めの<Okay, I’m Harald>と、愁いを帯びたメロディーと重量感のあるリズムが心地よい4曲めの<13.03.87>は、新たなサックス奏者の登場を宣言するかのごとく、それぞれ自らの名前と誕生日がタイトルに記されている。5曲めの<Etter storm kommer det sol – og kudos>では、前半でアグレッシヴなピアノ・トリオにのせて激しく炸裂するフリーキーなサックスが聴こえ、後半ではそれらが緩やかに収束していき清々しく平穏な響きが辺りを包む。6曲めの<Your Impression>は反対に、まるで「沈黙に次ぐ美しさ」を具現化したかのような静謐な音響から始まり、終盤近くになって壮大な音の風景を聴かせるといった内容で、好対照をなしているこのふたつの楽曲をもってアルバムは幕を閉じることとなる。〈ECM Records〉に残された諸作品、とりわけヤン・ガルバレク=ボボ・ステンソンのカルテットによる『Dansere』を思い起こさせる響きをまといながらも、ロックやエレクトロニカのフィーリングを感じさせるLABtrioのメンバーと、特殊奏法を織り交ぜた多彩な響きを情感豊かに歌い上げるハラルド・ラッセンのセンションには、それらとは明らかに異なる新鮮さがある。
ラッセンによれば、彼にとってのジャズ・ミュージックの本質とは、音楽をコントロールし続けないこと、そして演奏をあるがままに任せることにあるのだそうだ。言い換えるならば手がけた楽曲がセッションによってどのように変化するのか、その変化の行く末にこそジャズたり得る面白さがあるということなのだろう。その意味でもスタジオ録音でありながら予見不能なセッションを記録した本盤は、彼のジャズに対する考え方が色濃く反映された作品であるということができる。彼はさらに個人的なものへと向かうことの重要性を訴えながら、LABtrioを率いた活動について、「このプロジェクトにおける最も強力なコンポジションとはわたしたち4人のことだ」といったことも述べている。これはたとえば同じくノルウェーを拠点に活動するNakamaが、彼らに固有の「イディオム」というものを探り、それを押し広げそして音楽として提示していくということと近い考えを述べているように思われる。様々な音楽が無数に溢れる時代にあってさえ、いやむしろそのような時代だからこそ、取り替えのきかない個人の固有性をどのように聴かせるのかということはますます重要なものとなっていく。ヤン・ガルバレクの透き通るような響きの用い方や、ホーコン・コーンスタの「歌心」を忘れない特殊奏法の組み立て方などを彷彿させながらも、独自の七色に輝く感覚を打ち出してみせるハラルド・ラッセンの演奏は、ノルウェーのジャズ・サクソフォーンの歴史に新たな固有の音楽を刻むことになるだろう。そのことを知らしめる最初の、とても個人的でありながら大きな未来へと向けられた作品である。
ハラルド・ラッセン、ブラム・デ・ルーズ、アンネレーン・ベーム、ランダー・ジスリンク、LABtrio