ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #71 Theo Crocker『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』
大好きなTheo Croker(シオ・クローカー:日本表記はセオ・クロッカー)の新作が本日9月24日にリリースされた。このアルバムは何から何まですごいの一言だ。シオは確実に進化しているし、彼が表現したいことがはっきりと伝わって来る。アルバムのジャケットがまたいい。黒人音楽のジャケット作品で活躍している青山トキオ氏によるものだ。

マイルス亡き後、筆者はRobert Glasper(ロバート・グラスパー)とシオの進展に最も興味を持ち続けているわけだが、シオを取り上げるたびに日本で彼はどう受け止められているのか気になる。昔のジャズと言えばご機嫌なリズムセクションを背景に個人のソロを楽しむ形態が主流だったが、 近年その形態に変化が見られる。グラスパーは、アンサンブル全体が殆ど即興なのにもかかわらず全体のサウンドを重視し、個人のソロがフィーチャーされるのはせいぜい1、2曲だ。シオのライブは個人のソロがフィーチャーされるが、アルバムは細かく構築され、特に最近は個人のソロが殆どない。両者に共通するのは、彼らは常に新しいグルーヴを創造し、黒人音楽の新しいスタイルを産み出し続けていることだ。筆者にはこれが楽しい。ともかくかっこいいのだ。
筆者が今まで取り上げたシオの記事はこちら:
- 『Escape Velocity』<Transcend>
- 『Star People Nation』<Subconscious Flirtations and Titillations>
- 『Star People Nation』<Have You Come To Stay>
- Interview #195 Theo Croker シオ・クローカー
- Theo Croker, Blue Note NYC【ライブ配信】
今回は幸運にもシオにZoomインタビューをする機会を得たし、青山トキオ氏から色々コメントも頂いたので通常の楽曲解説とは趣向を変え、インタビューと新譜紹介も織り込んでアルバム全体を解説してみたいと思う。長い記事になってしまうかも知れないが、ご了承頂きたい。
『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』

このアルバムのタイトルをもうちょっとわかりやすく書くと、さしずめ『Black To Life / A Future Past』ということになると思う。「すべてのものはブラックから生まれる」。このブラックは闇という意味とアフリカという意味を持っているらしい。「A Future Past」を直訳すると「未来の過去」というかなり抽象的なものだ。まずシオ本人にこのアルバムについて説明してくれと頼んでみた。
「このアルバムは、まあ映画のストーリーだと思ってくれ。スターウォーズがルーク・スカイウォーカーの成長する過程を描いているのに似てるんだ。このアルバムのストーリーは、人間に存在する魂(spirit)にどれだけパワーがあるかを理解し、自分のものとして消化する、その過程を描いているんだ。そしてぼくのトランペットがその主人公を演じているってわけだ。」
「コロナですべてが止まってしまっただろう。フロリダのリーズバーグの実家に戻ったんだ。アリゲーターや蛇やら危険な動物以外何もないところさ。音楽から離れて、人間としての自分を見つめ直してみたんだ。家族の中での自分、黒人社会の中での自分、とかね。つまりReflectionとRebirthだ。そこから戻った時このアルバムの作成に取り掛かったんだ。」
ここでのReflectionは環境に於ける自分を、客観的に考察するという意味だと思う。また、Rebirthは自分自身の更新と考えれば良いと思う。
「Sonyと新しい契約をしたんだ。長年作りたいと思っていたアルバムをようやっと作ることが出来た。今まではトランペッターとしてのアルバムを要求されていたからね。」
この、彼が長年作りたかったアルバムとは、トランペッターとしての彼ではなく、作曲家としての彼のアルバムが作りたかったのだと語る。5日間で57曲録音したのだそうだ。SSLのアナログボードを使用し、エフェクトもソフトウェアではなくアナログ機材で徹底し、バンドは生演奏。そこにオーバーダブでテクスチャーを構築して行ったそうだ。LPも1枚で収まるところ、わざわざ2枚に分けて溝を特別に深くして音質重視。またストーリーの流れに支障を来さない配慮もされている。ちなみにその2枚組の構成は以下の通り。
1枚目A面:トラック1〜4、B面:トラック5〜7
2枚目A面:トラック8〜10、B面:トラック11〜13
トラックリストは後述する。CDで聴く時、ここでひっくり返すのか、と思いながら聴くのも一興かも知れない。
「ジャズっていう看板は好きじゃないけど、ジャズってのはつまり黒人音楽のすべてを合わせたものなんだ。このアルバムはそんなアルバムだ。」
このアルバムのプロモーション・キットにこんな一節がある。
I am who I am—and I like it. This music is me.
自分がどういう人間なのか理解しているし、その自分が好きなんだ。このアルバムの音楽はそんな自分の姿だ。
そんな自分とは、もう少し説明して欲しいと頼んでみた。返答を箇条書きにする。
- 柔軟な姿勢。
- 中国に長く住んでいたから他のカルチャーや食べ物などを尊重しているし、アメリカや世界の状況を客観的に見ることもできる。
- 自分の音楽を深く理解しているし、自分が求めていることが常にクリア。
- 日常生活においてのLove(感謝や思いやり)を大切にしている。
- 自分自身に対して正直でいるし、常にポジティブでいる。
- 自分の空間に常に真摯に対峙でき、他人の空間をも尊重する。
- 常に成長する努力を怠らない。
常に笑顔を絶やさないシオの喋り方は飄々としており、ステージ上での喋りもシャイなニイちゃん的な印象を与えるものの、意思は強くてはっきりしている。彼はかなりスピリチュアルで、多分それはアメリカ・インディアンの血を継ぐからだと理解する。彼にとってのメディテーションとは何かを聞いてみた。何せ筆者はスピリチュアルやメディテーションとはあまり縁がないので、興味を持ったのだ。
「自分にとってメディテーションとは死後の世界に対する準備なんだ。身体はただの殻だから、その殻の外で存在する修練をするんだ。精神の中に存在するエネルギーを理解し、人間が生まれながらにもつピース(安らぎに値する心のあり方)に到達し、それを消化し、ガイダンスとするんだ。」
アルバムジャケット
前述の通りこのジャケットデザインは日本人画家、青山トキオ氏の作品だ。シオ本人がトキオ氏に直接連絡をして注文をしたそうだ。現在秋田県にお住いのトキオ氏は、2000年代にアメリカ西海岸で活躍され、壁画や黒人音楽のジャケットも数多く手がけている。マイルスが描かれている作品も二つあるので、トキオ氏のご好意で掲載させて頂く。
作風が奇抜で、筆者の大好きなRudy Gutierrez(コロンビア系プエルトリコ系アメリカ人なのでこの発音は多分ルーディ・グチエレス)同様、黒人音楽ジャケット画家の代表作家の一人であり、シオが名指しで発注したことが頷ける。そんなトキオ氏に話を聞いてみた。
「ぼくの過去に描いたジャケットなどを見て頂いていたようで、描いて欲しい、ってなったようです。その時のメモなどもうないので詳細は覚えておりませんが、テーマはスピリチュアルヒーローでした。
エジプトの死者の書、チベットの死者の書、過去と未来のことなども話しておりました。アフリカをだいぶ意識していた内容でしたので、チベットよりもエジプトを重心に、そこに東洋のスピリチュアルな要素を入れる感じで描いてみました(チベットの死者の書とエジプトの死者の書は内容が違うので)。
彼をスピリチュアルヒーローに描き、[アルバムの] フィーチャーリングアーティストを、彼を見守る者たち(友人、シャーマン、メンター、など)で表してみました。旅をし、過去から学び、素晴らしい未来へ繋げるというような意味を描きました。」
これに対してシオのコメントは:
「驚いたことにトキオはこれらの古代エジプトのシンボルのことをすでに知っていたんだ。このジャケットはぼくのスピリチュアリティさ。ヒュー・マン(Hue Man)、つまり、紫の光線を放つ男が描かれているってわけだ。」
ちなみにヒーローというのは非常に邦訳しにくい。もちろん「英雄」という意味もあるが、この場合は単に「主人公」と捉えれば良いと思う。
アルバム解説
シオのレギュラーバンドのメンバーがスタジオ録音したものがベースになっている。
- Theo Croker(シオ・クローカー:日本表記はテオ・クロッカー)トランペット、キーボード、ヴォーカル
- Michael King(マイケル・キング)キーボード
- Eric Wheeler(エリック・ウィラー:日本表記はエリック・ホイーラー)ベース
- Shekwoaga Ode(シェクウォァガ・オデ)ドラム
助っ人でAnthony Ware(アンソニー・ウェア)がリード楽器一般を担当し、ここに7人のゲストボーカリスト/ラッパーが加わる。
- Ari Lennox(アリ・レノックス)
- Charlotte Dos Santos(シャルロッチ・ドス・サントス:日本表記はシャーロット・ドス・サントス)
- Gary Bartz(ゲイリー・バーツ)
- Iman Omari(イマン・オマーリ)
- Kassa Overall(カーサ・オーバーオール:日本表記はカッサ・オーバーオール)
- Malaya(マラヤ)
- Wyclef Jean(ワイクリフ・ジョン:ジーンをジョンと読むのは仏語読み)
特筆したいのは、ドラムのシェクウォァガ・オデの成長ぶりだ。カーサがシオのバンドから抜け、オデが参加した頃の彼はまだシオの音楽を理解していないようだった。それが今ではシオの音楽の要となっている。正直ここまで変貌するとは想像もしなかった。
さて、それぞれの曲をシオがくれたコメントを交えてご紹介しよう。
Track 1: 4KNOWLEDGE
46秒のこの開幕シーンは、宇宙船が地球に降り立った場面だそうだ。「さあ、お前はこのストーリーの主人公なのだから、バイブレーションを高めて来い。」
Track 2: Soul Call || Vibrate
いきなりすごいドラムビートで始まる。筆者の大好きなドラマーで、グラスパーのドラマーとしてよく登場するChris Dave(クリス・デイヴ)のビート感に似ている。シオは、クリスは間違いなく現在の最もInnovative(クリエイティブの意)なドラマーの一人だと認めつつも、このユニークなビート感は誰が考え出したかという問いの答えは知らないようだった。では、このドラマーのオデにどう指示したのかと聞いてみた。クリスのビートとは捉えていないそうだ。
「 Lose but consistant な(ルーズだが、そのルーズさを正確に繰り返す)ビートを出せと伝え、自分の思い通りのビートが出るまで20分強叩かせた。全員がそれぞれのブースでスタンバイしていて、自分の思い通りのビートが出たところで、流れ込むように全員が演奏し始めたんだ。全く止まらずにね。テンションが高まって最高の演奏ができたぜ。このトラックは1テイクのみだったよ。」
ストーリーとしてのこの第二トラックは、映画のオープニングクレジット、つまりタイトルソングの部分だそうだ。言葉は筆者には聞き取れなかったが、想像するにシオが前のトラックで説明した部分なのだと思う。この主題歌は強力にシオ印スタンプだらけだ。採譜した。

このルーズなドラムビートと、タイトなベースラインに対してメロディは非常に美しい。繰り返しで二声になるとシオ得意の5度音程でエスニック感を出すものの、美しさも強調するように順当な3度音程も多用している。ボイシングの採譜は省略した。
Track 3: Just Be (Prelude)
この36秒のセグメントは次のトラックの序曲で、シオのトランペットとエリックのベースが即興で美しいメロディを奏でるわけだが、使用されている2コードがやはりシオ独特だ。G#-9 とB-7/E の繰り返しだ。#が5つの調性から2つに移行するので、ジョージ・ラッセルのリディアン・クロマチックコンセプトで言うところの、3ステップ内向移行で開放感を醸し出している。ちなみに本誌No. 258に掲載されたインタビューの時に明らかになったのだが、シオはジョージのコンセプトのことは全く知らないようだ。
Track 4: Every Part Of Me [feat. Ari Lennox]
さて、いよいよこのストーリーが始まる。アリ・レノックスが歌う歌詞の内容は、与えられた使命の重さから解放されたい、という意だ。コーラス部分の採譜をしてみた。

さて、ここで事件が起こる。このコーラスのメロディが16ビート遅れて入って来るのだ。ここで言う16ビートと言うのは日本で言われる16ビートの意味ではなく、4分音符を1拍とした、その4分の1拍のことを言う。言い換えると、このコーラスのメロディがダウンビートより16分音符遅れて入って来るので、理論的にはその1小節前は4分の4ではなく、16分の65ということになる。そう思っていると2と4のバックビートに入っていたフィンガースナップが裏返って1と3に入っているではないか。シオに一体何を考えてこんな頭を搔きむしらされるようなことをしているのかと聞くと、「お前のように数えようとするやつに数えるな!って言うためだよ(大笑)」という返事が返って来た。この【数えさせない】工夫はこの後アルバムを通してあちらこちらに撒いてある。ちなみにバンドはクリックトラックで演奏しているわけだが、このようにあちらこちらで落とし穴のようにずらしてあることは、バンドは知らされてなかったのだそうだ。それに瞬時に対応できるバンドメンバー恐るべし。シオに言われたので、わざとビートを意識しないでパルスに身を委ねて踊ってみると、なんと踊れるではないか。ここで気になっていたマイケル・キングのRhodesのトレモロのパルスが全くビートに合っていないその意味がわかった。ビートに合わせてあったらリスナーをビートのズレで驚かせてしまうからだ。このシオのアイデアは、本誌No. 267、楽曲解説#56で取り上げたジェイコブ・コリアーのずらすやり方より遥かに新しいアイデアだ。
Track 5: Anthem [feat. Gary Bartz]
シオによるとこの「賛歌」はマーチだそうだ。70年代のマイルス・エレクトリックバンドで活躍し、現在81歳で未だにバリバリに吹きまくっているゲイリー・バーツの登場となれば期待が高まる。ところがゲイリーのソロは全くなしで終わってしまって、「えっ?えっ?」となった。思わずシオに「あのゲイリー・バーツをゲストに招いて、しかもジャケットでフィーチャーしているのにソロなしではファンががっかりしないだろうか。もちろこの曲でソロが必要ないのは十分理解するが、自分がゲストで呼ばれてソロがなかったら気分を悪くするかも知れない。」と言ってみた。実際筆者は昔Jazz Bostonの招聘で、とある在米日本人のショーにゲスト出演した時失礼な扱いを受けた経験があり、それを思い出していた。
「ゲイリー・バーツと言えば、彼のメロディー演奏の美しさなんだ。この曲にはそういう彼の演奏が必要だったんだよ。彼もこの曲はメロディーだけの方がいいという意見に賛成してくれたんだ。それに、彼のソロは今回収録されなかった数々の曲でフィーチャーされてるんだ。だからこの後のアルバムで期待してくれ。ジャケットで彼がフィーチャーされてるのは彼が年長者だからさ。シャーマンのような存在だ。」
またしてもメロディーが始まるダウンビートは16ビートずれている。しかもフレージングが変拍子なので、またしても数えられない。それでもパルスはしっかりしているので身を委ねてグルーヴを楽しむことには全く問題がない。ここに来て気が付いたのは、16ビートのズレはそのズレの幅があまりにも小さいので、ほとんどのリスナーはきっと聞き流すのではないかと思う。サブリミナルな喚起を得るための巧妙なテクニックなのかも知れない。この単純なメロディーの採譜をご覧頂きたい。

まず第一テーマのベースのフレージングは(8分音符 X 5)+(8分音符 X 11)= 4分音符 X 8
これに対しシオのメロディーは(4分音符 X 1)+(4分音符 X 3)= 4分音符 X 4
徹底的に「数えるな!」と言っている。これに対して第二テーマはストレートな4分の4拍子をユニゾンで演奏し、それに続くコーラス部分は、第一テーマのベースラインをユニゾンで演奏して演出を盛り上げている。これだけ凝った構成なのに、メロディーがシンプルなのでギミックには決して聞こえないところがすごい。
Track 6: Lucid Dream [feat. Charlotte Dos Santos]
シャルロッチ・ドス・サントスと言えば、つい5、6年前までこのボストン、バークリー音楽大学で勉強していた、ベルリン在住のブラジル系ノルウェー人歌手だ。シオはバンドのスタジオ録音と自分がメロディーをトランペットで演奏したものを彼女に送ったが、手違いでトランペットのトラックが欠如しており、シャルロッチがメロディーを自由に歌ったために、全く素晴らしい結果が偶然得られた、と言っていた。だからヴァース部分は多分全くの即興だ。この<透き通った夢>という曲の歌詞の内容は:白昼夢から目覚める。まだ夢の中にいるようだ。そう、戦わなくてはいけないということを忘れてはならない。
ここで「決断をするのだ」という歌詞のインターリュード(間奏)が入るのだが、この曲ではビートのズレはないものの、9小節フレーズのど真ん中にA-7が3小節フレーズで挿入されたり、やはりそれなりのひねりが入っている。ご覧頂きたい。

続いてのバースもまた即興だと思うが、ぐいぐいと盛り上げて来、フリーダムと叫ぶシャウトセクションの後、速いアルペジオ上でシオのトランペットが共通音を単純に連打する。なんと効果的なのだろう。この構成力には実にため息が出る。それにしてもこの曲のオデが演奏するDnBのドラムパターンのかっこいいことったらない。
このエンディングのアルペジオがあまりにもかっこいいので意味もなく採譜してしまった。二回繰り返されるフレーズの2回目、最後の16小節にあたる。ラインからお分かりのようにこれはシーケンスではなく実際に演奏されている。このノコギリ波形のアナログなシンセサイザーの音がまたいい。多分モーグだと思われる。

Track 7: Where Will You Go [ feat. Kassa Overall]
この曲でフィーチャーされているカーサはシオのオベリン大学時代からの親友で、オデ以前のドラムを長年務めていた。この曲はカーサの作で、語りもカーサだが、驚いたことにヴォーカルはシオ本人だった。そう言えばライブでご機嫌なスイングジャズを歌って披露してくれたことがあったのを思い出した。
この全く自然に聞こえるコーラス部分は、またすごい変拍子だ。ご覧頂きたい。

8分の7拍子ではなく、4分の2拍子+8分の3拍子であることに留意頂きたい。この2つはパルスの幅という意味で大きく違うのだ。但しエリックのベースラインは、しっかりビートを表しているラインと、わざとフィルをずらして入れていたりして明確な小節線を表さない配慮がされている。だからこのシオの変拍子は全く違和感がないのである。これが自然に聞こえるように演奏できる彼らの技量に感嘆する。
Track 8: No More Maybe [feat. Iman Omari]
筆者はイマン・オマーリのことを全く知らないのだが、Kendrick Lamarなどのプロデューサーだそうだ。シオの話によると、シオの未発表曲、<Me and E>に歌詞をつけて歌いたいという申し出があったそうだ。この曲はライブでは演奏されており、Blue Noteでの配信ライブでも演奏されていた。本誌No. 273の筆者のライブレポートを参照されたい。記憶を辿ると、確かアフロキューバンジャズのビートに、速いフレーズのラインがテーマだった。このトラックの2分14秒に登場するのがそれだ。採譜してみた。

これもフレージングのダウンビートが不明になるような細工がされている。しかしこのメロディーに歌詞を付けて歌いたいというアイデアがなかなか奇抜だと思う。歌詞の内容は、迷いを吹っ切らなければならないというような意だが、シオ本人の説明は:
「主人公が地球にへばり着いて離れようとしないから、ぼくのトランペットが宇宙から彼に包み込めるようにぐいぐい接近して、ばっと開いて彼を引っ張り上げて、もっと広い世界を見せてやろうとしている場面だ。」
<Me and E>のアフロキューバンのグルーヴと違い、ここではシオには珍しく、スパニッシュモードジャズだ。だがドラムパターンだけはラテンジャズのそれではなく、DnBだというそのアイデアがすごい。
「シェクウォァガに、ぼくとは犬猿の仲なんだというように演奏してくれ、と指示したんだ(笑)」
Track 9: Happy Feet (for dancers) [feat. Malaya]
前曲同様、シオには全く珍しいスタイルの曲だ。カリブのビートを思わせるメロディーラインと、なんとディスコビートだ。歌詞の内容は単純に、全てを忘れて楽しく踊ろうよ、というもので、シオはこの重いストーリーに楽しいセグメントを挿入する必要に駆られたそうだ。このトラックはダンス用なので、さすがにビートのズラしはなく、筆者も安心して楽しんだ。
シオはこのアルバムリリースに向けて3曲を1曲ずつシングルとして先行リリースしたが、この曲はその3曲目で、大掛かりなプロモーションビデオも発表した。ご機嫌なので是非ご覧頂きたい(YouTube →)。
もう一つ特記しておきたいことがある。このトラックでのシオのアーティキュレーションがすごいのだ。ビハインド・ザ・ビートすれすれのところでむちゃくちゃタイトなタンギングでグルーヴするそのかっこいいこと。
Track 10: Imperishable Star
このトラックはインストルメンタルなので、本人にこのストーリーでの位置付けを聞いてみた。タイトルの意味は<永遠の星>だが、曲の意味は「牢屋」だそうだ。曲自体はグラスパーのスタイルを思わせるが、オデのスネアのタイムの幅がすごすぎる。もっと恐ろしいのはオン・トップ・オブ・ザ・ビートで追い上げるライドだ。オデのドラミングだけでこの曲が出来上がってると言っても過言でないと思う。それに対し、シオはソロを披露するでもなく淡々と吹いているのだが、やはり筆者はシオの音が好きだ。ものすごい説得力だと思う。ちなみにこの曲もビートのズラしはない。嵐の前の静けさ的に位置された曲だと理解する。
Track 11: State Of The Union 444 || BLK2THEFUTURE [feat. Wyclef Jean]
さて、いよいよシオがこのアルバムでもっとも重要なトラックとしている曲だ。この曲は先行リリースの2曲目のシングルだ。
ワイクリフ:「多分これがおれのこの世での最後のラップだ。このラップの後、きっと何も言うことは無くなるだろう。」そしてアフリカのコールのサンプルが流れる。
シオが説明するこのシーンは、宇宙船がアフリカに降り立ち、人々に告げる:「ヒーローがやってくるぞ。」そのヒーローこそがアルバムジャケットに描かれているヒュー・マンなのだ。この曲のタイトルである「State Of The Union」とは、アメリカの大統領が毎年1月にする演説のことで、その年の抱負の告知が主な目的だ。ここではそれを地球全体に当てはめての告知としている。シオ自慢のラップの内容はかなり抽象的で、どう訳せば良いかわからないので割愛するが、繰り返されるのは:
This ain’t Jamie Fox Back to the future
This is more super fly BLACK 2 the future
これはジェーミー・フォックス版の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」映画じゃないぞ
これは強いて言えばパワフルな「ブラック・トゥ・ザ・フューチャー(黒人の未来)」だ
Track 12: Hero Stomp || A Future Past
いよいよ筆者が一番好きなトラックだ。このトラックがこのアルバムで唯一のソロフィーチャーのトラックで、先行リリースの第1曲目だった。筆者もこれを最初に聴いたものだから、このアルバムへの期待が相当高かったのだった。
まずオープニングは前曲と同様のアフリカのコールのサンプルで、続くのはコルトレーンの<至上の愛>を思わせる強力なベースラインだ。シオに言われて気が付いたのだが、このベースラインはDuke Ellington(デューク・エリントン)の1966年のライブ録音、『Soul Call』のオープニングトラック、<La Plus Belle Africaine>を拝借したらしい。比べて見よう。



次に登場するのがパワフルなアフリカのチャントのサンプルだ。シオの説明によると、このチャントはウガンダのBwala地方に伝わる「Acholi Royal Dance」という、王室を讃えるセレモニーのダンスのチャントだそうだ。そのメロディーを採譜した。

このE♭ペンタトニックスケールのメロディはそれだけで聴いたら日本やその他のアジアの旋律とかなり類似している。筆者はこのメロディが頭から離れなくなってかなり困った。
さて、ここで問題が起きる。この単純なメロディとベースラインはなんと8ビートずれているのだ。メロディのダウンビートが8ビート遅いのだが、このあまりに強力なメロディーラインの始まりがダウンビートに聴こえてしまうのだ。ところが、このメロディーが終わった途端にベースのダウンビートが正しく聴こえる。言い換えると、メロディーの最中はベースが全ての音をアップビートでグルーヴしているように聴こえるという錯覚を起こさせるものすごい効果を持っているのだ。譜面にしてみよう。

次にどう聴こえるかを見て頂きたい。パルスに対してアップビートが強調され、グルーヴ感が増しているのがお分かり頂けると思う。こんな細工が考えられるアーティストを筆者は他に知らない。恐るべしシオ。

続くシオのソロとマイケル・キングのピアノソロがすごいのだ。筆者は特にこの二人のソロが大好きなので、ここにきてやっとごはんにありつけたような気分だった。シオに聞いたのだが、この録音中にトランペットを落とし、レシーバーが曲がってしまって、それでも無理やり吹いたらしい。弘法筆を択ばずなのだろうか。フルートなんて落としたらえらい騒ぎだ。
この曲の最後がまたイカす。シオとマイケル・キング両者によるシンセサイザーの効果音が実に魅力的だ。使用楽器はモーグやプロフェットだそうだ。全てオーバーダブなしのライブ録音だ。例外はウガンダのチャントのサンプルだ。これに対するオーバーダブのレイヤーがすごい。トランペット、フリューゲル、テナー、アルト、ソプラノ、バリ、クラリネット、アルトクラリネット、ベースクラリネット等を20回以上オーバーダブしたそうだ。
Track 13: Pathways
さて、アルバム最後のこの曲には多少驚いた。まずキングのピアノがモノラルで始まり、グルーヴに入るとパッと開ける。まさに何かを予想させるようで、この曲で一体どうやってストーリーを閉じるのか、と心配になった。ところがこの淡々としたグルーヴは5分かけて徐々に圧力を下げて行く。全員のカラーが刻々と変わっていくその様子がともかく素晴らしいのだ。是非耳を傾けて頂きたい。
シオに聞いてみた。
「主人公は未来の過去にたどり着いたんだ。だからここから次への旅、星に向かって旅立つのさ。ぼくのアルバムの最後の曲はいつも次のアルバムの予告編なんだぜ。」
スピリチュアルな心の旅などというストーリーに興味がなくても、このアルバムに収録されているシオの音楽感と、新しいスタイルのアイデアと、美しいトランペットの音色と、ご機嫌なグルーヴと、何よりもこのシオのアイデアを理解してこれだけの結果を出すバンドのそれぞれのメンバーに感嘆してしまう。是非お楽しみ頂きたい。
Charlotte Dos Santos、クリス・デイヴ、Michael “Shekwoaga” Ode、マイケル・シェクウォァガ・オデ、青山トキオ、Tokio Aoyama、エリック・ホイーラー、Shekwoaga Ode、シェクウォァガ・オデ、Ari Lennox、アリ・レノックス、マイケル・オデ、シャルロッチ・ドス・サントス、シャーロット・ドス・サントス、Iman Omari、イマン・オマーリ、Malaya、マラヤ、Wyclef Jean、ワイクリフ・ジョン、BLK2LIFE || A FUTURE PAST、Michael Ode、Robert Glasper、ロバート・グラスパー、Theo Croker、セオ・クロッカー、シオ・クローカー、Michael King、マイケル・キング、Eric Wheeler、エリック・ウイラー、Kassa Overall、カーザ・オーバーオール、Anthony Ware、アンソニー・ウェア、Chris Dave、カッサ・オーバーオール、Gary Bartz、ゲイリー・バーツ