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及川公生の聴きどころチェック~No. 201

#164 スペシャル企画『トーマス・モーガンECM録音聴き比べ』

text by Kimio Oikawa 及川公生
eyecatcher: Masao Harada 原田正夫

立て続けに5作のECMアルバムに登場したコントラバスのトーマス・モーガンを録音面から聴き比べる特別企画。直近の4作のうち録音エンジニアはNY制作の3作がジェームス A.ファーバー、残り1作はイタリアのステファーノ・アメリオ。ファーバーとアメリオはそれぞれアメリカとヨーロッパのミュージシャンから現在もっとも信頼度の高いエンジニア。ファーバー自身とファーバーを良く知るギタリスト、スティーヴ・カーンからコメントが、追っかけてトーマス・モーガンからもコメントが、そしてそれを裏付ける未発表のセッション・フォトが締切間際にECMから届き、結果として文字通りスペシャルな企画となった。(編集部)


『菊地雅章トリオ/サンライズ』
ECM-2096/ユニバーサルUCCE-1131
菊地雅章(p) トーマス・モーガン(b) ポール・モチアン(ds)

録音:ジェームス A.ファーバー
2009年9月14,15日@アヴァター・スタジオ NYC
プロデューサー:マンフレート・アイヒャー

      

ベース。輪郭強く、大きな存在感。

ピアノ、ドラムスが創り出す冷たい感触の音響空間を切り裂くような、ベースの音像。しかも生々しく、超絶オン・マイクの音質で、そそり立つ。元音を大切にした収録手法。マイクキングで勝負した決意が見えてきそうな音質だ。ピアノ、ドラムスはマイキングで勝負し、若干の音色の色づけを感じるなかで、ベースは、ナマ勝負、しかも低音部に切り込んだ重みを持たせた安定感で、全体を支える手法。


『トマシュ・スタンコ・ニューヨーク・カルテット/ヴィスワヴァ』
ECM-2304/05
トマシュ・スタンコ(tp) デイヴィッド・ヴィレレス(p) トーマス・モーガン(b) ジェラルド・クリーヴァ(ds)

録音:ジェームス A.ファーバー
2012年6月@アヴァター・スタジオ
プロデューサー:マンフレート・アイヒャー

      

ベース。繊細な音質にこだわる

トランペットの音色に注目。トランペットの音色がぶ厚く、音像の輪郭線の太さに驚く。距離感がありながら、音像はセンターに明確に描かれている。どうやって、この音色で録音できたか、秘密を探りたい。筆者も、多くの録音を残すが、理想とする姿を、さらりと追い抜かれた感じだ。オン・マイクでありながら、力まない奏者の音色に音圧感を保たせた表現は素晴らしい。
さて、ベースは、まったく素を保っていながら、倍音成分の明瞭さにこだわった形跡を感じる。うなりの艶やかさが印象に残る。音像の張り出し方は『サンライズ』ほどではない。均整の取れたバランスのなかに取り組まれる。ピアノの少し骨太な音像が印象的で、放たれた音の光跡が見えるような音像がいい。リバーブが、その効果を美しくコーティング。ドラムスのアタックの鋭さにリバーブ効果が強く出て、空間の中に漂う楽器との交差が際立つ。


『クレイグ・テイボーン・トリオ/チャンツ』
ECM-2326
クレイグ・テイボーン(p) トーマス・モーガン(b) ジェラルド・クリーヴァ(ds)

録音:ジェームス A. ファーバー
2012年6月@アヴァター・スタジオ NYC
プロデューサー:マンフレート・アイヒャー

     

ベースの凄みの本質を重量感と繊細さと合わせて表現した。

ピアノ、ドラムスにもジェームス・ファーバーの本領を聴く。ジャズ録音に多くの優秀録音を残しているその本質はまったく揺るがない。たとえECMであっても。
ピアノ、ドラムスにリバーブ効果を付加しているが、極少の技にとどめ、さらに残響感にEQ処理臭さがまったくなく、何かが突出する印象はまったくない。ピアノの骨っぽさ、極太の表現が引き立つ。音像を大きく展開してピアノ音源の広さの中に、ドラムスの音像が安定した展開をする。
ドラムスの輪郭のはっきりした音像は、中低音に厚みを感じ、エネルギーの飛ぶ様が空間として感じられ、開放感に仕上げられている。
ベース。さらりと捉えながらも、質感の奥深さに神経を尖らせた音質で、バランス的に誇張されない扱いは、複雑な音の動きを明確にする工夫と感じた。


『ジョヴァンニ・グィディ・トリオ/シティ・オブ・ブロークン・ドリームス』
ECM-2274
ジョヴァンニ・グィディ(p) トーマス・モーガン(b) ジョアン・ロボ(ds)

録音:ステファーノ・アメリオ
2011年12月@Auditorio Radiotelevisione svizzera, ルガーノ・スイス
Group photo: Paolo Soriani/ECM

      

ベース。極めて力強く明快な音像と余韻の力強さ。うなり。

ベースの見事な録音に感服。重々しい低音部の力強い巨大音像に驚嘆。他のピアノ、ドラムスを、際立てながらもベースの存在感が優先する。しかも、ベースの音質が秀逸。弦の振動を目にするかのような生々しさ、胴なりの身体に響く低音部の力強さ、バランスに優れた録音だ。
ピアノの音色に注目。研ぎ澄まされた緊張感を保ちながら、暖色系のサウンド。筆者もこの音を模索した時期があった。リバーブ効果が空間を醸しだし、遠くに抜けていく表情が、指向する音楽に溶け込む。楽曲それぞれに音像の造り方を変えるきめ細かい配慮もいい。


♪ トーマス・モーガン(b) 略歴

1981年カリフォルニア州ヘイワード生まれ。7才から14才までチェロを学ぶ。 マンハッタン音楽学校でハーヴィー S(スウォーツ)、ギャリー・ダイアルに就いて学び、2003年音楽学士の資格を取得。レイ・ブラウン、ピーター・ハーバートにも師事。


トマシュ・スタンコのセッションから (NY)  photos: John Rogers/ECM

クレイグ・テイボーンのセッションから(NY)  photos:John Rogers/ECM


♪ ジェームス A.ファーバー 略歴

オーディオ・リサーチ学院卒業まもない1978年、NYのパワー・ステーション・スタジオ(現アヴァター・スタジオ)でスタッフ・エンジニアのボブ・クリアマウンテンとニール・ドルフスマンのアシスタント・エンジニアとしてプロのキャリアをスタート。1年後スタッフ・エンジニアに昇格し、2年間ハイチの「コンパス」の録音に専念。1982年、マイケル・ブレッカーから「ステップス・アヘッド」のデビュー・アルバムの録音を依頼されジャズ・エンジニアとしてのスタートを切る。その後まもなく最初のECMを手掛け(編集部註:『ジョン・アバークロンビー・カルテット/クラス・トリップ』(ECM1846 ,2004)、現在までECMのNY録音のほとんどを手掛けている。
1984年から3年間はプロデューサーのニール・ロジャースとの共同作業のなかで、ミック・ジャガー、トンプソン・ツインズ、シスター・スレッジ、アル・ジャロウなどを録音。この間、パワー・ステーションを退職、フリーランスのエンジニアとなった。ロジャースの後はプロデューサーのドン・グロルニックと組み、ジェームス・テイラーのアルバム『ネヴァー・ダイ・ヤング』と『ニュー・ムーン・シャイン』を録音。
その後はジャズ録音に専念、1988年以降はジャズ録音の名手としてマイケル・ブレッカー、ジョー・ロヴァーノ、ジョシュア・レッドマン、クリス・ポッター、デイヴ・ホランド、ポール・モチアン、ジョン・スコフィールド、ブラッド・メルドーなどを録音した。
『ジョー・ロヴァーノ/52nd ストリート・テーマ』(2000)、『ルイーズ・ホランド&デイヴ・ホランド・ビッグバンド/ホワット・ゴーズ・アラウンド』(2002)、『デイヴ・ホランド&ルイーズ・ホランド・ビッグ・バンド/オーヴァータイム』(2005/アーチスト、エンジニア、プロデューサー)でそれぞれ「Best Large Jazz Ensemble」部門のグラミー賞を受賞。2005年度は『ベボ・デ・キューバ/キューバ組曲』でラテン・グラミーの「Best Latin Jazz Album」賞も同時受賞している。

♪ 僕はチューブ、リボン・タイブが好きだ ジェームスA.ファーバー

アコースティック・ベースの録音にどんなマイクを使っているかって? 僕は古いチューブ(真空管)、リボン・タイプが好みなんだ。だけど同じマイクを使ったって同じ音が録れるわけじゃないよね。

♪ ジェームスはベースの録音にマイクを2本直列にセットするんだ  トーマス・モーガン
photos:John Rogers/ECM

僕が参加したECMの4作に録音面から光をあてていただけるとのこと嬉しく思っています。僕自身が何か気の利いたコメントをするにはあらためてアルバムをじっくり聴き直さねばなりませんね。

——まずは、基本的なセッティングから。

まず、ジョヴァンニ・グィディのトリオ・レコーディングは、スイス・ルガーノの大きな部屋で録音したのでNYのスタジオで録音した他の3作とは基本的に環境が違います。しかも、借り物のベースでした。

——えっ、レンタルの楽器で!?
もちろん、ECMに運賃を負担してもらうことは可能でしたが、愛用の楽器をヨーロッパまで持ち出すのはリスクが大き過ぎてね。

——たしかにジョヴァンニのトリオのベースは音像が大きい。
それは楽器のせいではなく、ステファーノ(アメリオ)とマンフレート(アイヒャー)の意図によるものです。ジョヴァンニの音楽にはそれがふさわしいと考えたのでしょう。セッションでのいろんな場面での決め事にはマンフレートが積極的に介入してくるんです。

トマシュ・スタンコのカルテットとクレイグ・テイボーンのトリオはNYのアヴァター・スタジオで同じ週に同じブースで録音したから、基本的に大差はないと思います。
Poo(菊地雅章)のレコーディング(『サンライズ』)、これもアヴァターでしたが、Pooと僕が同じメイン・ルームに並んで位置し、ポール(モチアン)はちょっと離れたブースに入りました。

このセッティングはとてもやりにくかったとPooが言ってたのを覚えてる。だけどPooはピアノのオーヴァートーンとシンバルのオーヴァートーンがぶつかるのをとても嫌がるのも確かなんだ。
——ブックレットの写真を見るとマイクが随分高いところにセットしてあるんだけど、下にもう1本セットしてあるのかな?

その通り。このマイクのすぐ下にもう1本マイクが直列的にセットしてあります。ジェームスのいつものやり方です。

ECMに、マイクのセッティングがよくわかる写真がないか問い合せてみよう。
よく分かる写真が届いたよ。

そう、これがジェームスのいつものセット・アップだ。だけど、本番ではもっとマイクに近い位置で演奏しているけどね。

   

♪ジェームス・ファーバー自身がアーチストなんだ スティーヴ・カーン

ジェームス・ファーバーとの付き合いは1983年以来、いろんな仕事で。1983年の仕事というのは、マイク・マイニエリがプロデュースしたベン・シドランの『バップ・シティ』というアルバム。自分のアルバムでは1994年の『クロッシングス』で、録音に関しては最初から最後まで全面的に面倒をみてくれた。このアルバムは、オーディオファイル的見地からみて、僕のアルバムのなかでもっとも素晴らしい作品といえる。
最近のアルバムでは2011年の『パーティング・ショット』。親友という事実から離れて、仕事に限定すると、手を携えたアルバム制作では素晴らしい経験をし、正直なところいつも学ぶことが多い。音響的にも素晴らしいアルバムを制作するために大なり小なり彼がこだわるすべては、まさにプロフェッショナリズムの極地といえる。彼が手掛けるアーチストにふさわしいサウンド作りはとてもフレキシブルで、だからこそ多くの優れたジャズ・アーチストから高い評価を受け、また尊敬の対象ともなっている。
言ってみれば、ジェームス・ファーバー自身がコンソールに隠れたアーチストそのものなんだ。(ギタリスト)

 


♪ ステファーノ・アメリオ 自己紹介

僕は、ECMのオフィシャル・サウンド・エンジニアのステファーノ・アメリオです。世界でもっとも重要なプロデューサーのひとり、マンフレート・アイヒャーのために共に仕事をしています。このジャンルの音楽で彼は過去、現在においてとびきりのイノヴェイターで、彼のサウンドに関するアイディアはきわめて特徴的です。僕は今までイタリアのハウス・スタジオ(編集部註:artesuono、Udine)やヨーロッパ各地で多くの録音を手掛けてきました。

ECMの最初の録音は2003年のエンリコ・ラヴァ『イージー・リヴィング』(ECM、でしたが、2008年には『ノーマ・ウィンストン/ディスタンシズ』(ECMがグラミー賞の<Best Vocal Album>にノミネートされるまでになりました。このアルバムの録音、ミックス、マスタリングはすべてイタリアのUdineで行われましたが、このアルバムの重要なポイントは;

A:音楽
B:ミュージシャン
C:録音場所のスペース
D:マンフレート・アイヒャー
E:エンジニアとギア

です。
こういうミュージシャンのレコーディングはいつも楽しく、サウンド面でやるべきことはとてもシンプルなんです。ショップス、ノイマン、AKG、DPAなどの優れたマイクをセットし、優れたプリアンプを使い、コンプレッサーは使わない、使ってもほんの気持だけ、そして最後にレキシコンL480か最新のブリカスティM7のリヴァーブ。
マスタリングでいくつかのピークをコントロールするためにちょっとリミッタをかける。これは誰でもができる技じゃない。適切な場所に適切な量を指示できるのがマンフレートの才能なんだね。マンフレートと仕事をするのは素晴らしい体験でね。いつも多くのことを学んでる。彼との仕事は僕の誇りだ。
ちょっとしたエピソードを披露しよう。スイスのRtsiという素晴らしいスタジオでのアヌアル・ブラヒム(編集部註:チュニジアのウード奏者)のトリオの録音だった。メロディの前に来るインプロでのイントロを使うことになった時。プロツールスのマルチトラック録音だから仕事は簡単なんだが、素晴らしい選択肢がふたつあったんだ。僕はどちらを使うべきか迷い出したんだが、ほんの数秒後、マンフレートに背中を突かれ「考え過ぎるな!」って言われたんだ。これで吹っ切れたんだね。それからはマンフレートに何かを言われる前に編集を仕上げているんだ。
良いエンジニアは音楽の中に入り込んでミュージシャンの行く先を読めないといけないということを学んだんだ。とてもきついけど素晴らしい仕事だよ。質問があればいつでも答えるよ。ステファーノ(2010.8.23)


初出:JazzTokyo #152     (2011.1.15)

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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