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Concerts/Live Shows特集『クリス・ピッツィオコス』No. 318

#1326 クリス・ピッツィオコス、7年ぶりの来日

Text and photos by Akira Saito 齊藤聡

異能のサックス奏者クリス・ピッツィオコスが7年ぶりの来日を果たした。ここでは、東京における3箇所のギグを報告する(東京では、そのほかに秋葉原のGOODMANでのライヴもあった)。

2024/8/30(金) POLARIS(神田錦町)
Chris Pitsiokos (alto saxophone, electronics)
Risa Takeda 武田理沙 (synth, electronics, piano)

2024/8/31(土) Bar Isshee(千駄木)
Chris Pitsiokos (alto saxophone)
Ami Yamasaki 山崎阿弥 (voice)

2024/9/2(月) POLARIS(神田錦町)
Chris Pitsiokos (alto saxophone, electronics)
Otomo Yoshihide 大友良英 (guitar, turntable)

筆者がはじめてクリス・ピッツィオコスのプレイを目にしたのは2015年のニューヨークだ。日本でもすでにアヴァンギャルド愛好家の間で話題になっていたし、数少ない音源を聴いてもいたのだが、かなりの衝撃があった。かれはアルトを咥えた口を驚くほど柔軟に動かし、同じ奏者から出てくるとは思えないサウンドを展開した。録音媒体に接してもその驚きは変わらず、たとえば、ケヴィン・シェイ(ドラムス)、マックス・ジョンソン(ベース)とのトリオ作品『Gordian Twine』(2015年)の音から幻視したのはキメラの姿だ。小鳥とメカの怪物とを同じ身体に引き受ける新たな表現者の出現だった。そして2017年には初来日が実現した。

それから7年が経った。その間にもクリスはニューヨークからベルリンに移り住み、何枚ものアルバムをものしてきた。昨2023年のソロ作品『Irrational Rhythms and Shifting Poles』、大友良英とのデュオ作品『Uncanny Mirror』は、いまもクリスがシーン登場時のインパクトをまったく失っていないことを示すものだ。そして、かれはふたたび日本にやって来た。

ツアー初日(2024/8/30、ポラリス)は4チャンネルのサックスとエレクトロニクスのサウンドであり、独自のシーケンサープログラムと操作により、前方からも背後からも音の銃弾が攻めてくる。かつての姿が誰も見たことのない静的なキメラであるとして、その進化形は、キメラの構成要素が次々に変化してはあらたな生命体をかたちづくる動的なサウンドだった。予備知識があろうとなかろうと、集まった観客たちはハコを共犯者とする音世界に圧倒されたにちがいない。同日は武田理沙とのデュオも実現した。基底にあるのは子供の愉悦、そしてグランドピアノによる激しい抒情。

バー・イッシー(2024/8/31)でのサックスソロもまた進化の証明だった。アンブシュアの過激な柔軟さはやや消えたが、音の多彩さは増している。勢いに身をまかせず聴く者と世界を共有する実験室サウンドであり、サックスからはエレクトロニクス的な音もメカニズムを理解しかねる響きも放出された。この日途中で加わった山崎阿弥(ヴォイス)とのコラボレーションを聴いての実感は、声と楽器の位置関係などいくらでも変わりうるのだということである。もちろんそのこと自体が驚きにあたいする。

ふたたび4チャンネルをベースとして、大友良英とのデュオが行われた(2024/9/2、ポラリス)。ギター、ターンテーブル、それにサックスとエレクトロニクス。会場の何人かが口にしたのは、どちらがどちらの音かわからなくなる局面があったことだ。これほど硬質で強い力を持つ個性と匿名性とはほんらい相容れない。それが眼前で展開されたことは、ふたりのデュオが例外的な強度をもつものであることの証左かもしれない。

このあと、大友とクリスは岡山、京都、名古屋、札幌を経て、中国、韓国、台湾、インドネシア、シンガポール、マレーシアへと旅立った。アジア各地では独自の即興シーンが育ってきていることからも、このサウンドは大きな刺激剤になるだろう。マレーシアでのコンサートに出演したコク・シーワイ(ヴォイス)によれば、高校生のころから大友の音楽を聴きはじめた二十代の若者や、中国雲南省に住みつつもコンサートのために足を運んだ二十代のサックス奏者もいたという―――昆明から北京に行くのと同じようなものだ、と。これは、アジアでのシーン展開を従来の思い込みから解き放つべきことを意味する。コロナ禍を経て、アジアのエクスペリメンタルな音楽に注目する音楽イヴェント「アジアン・ミーティング・フェスティバル」(AMF)の再興も期待される。シーワイにとっても、2015年のAMFへの参加が自信の活動にとって大きなマイルストーンになったのだ。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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