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Concerts/Live ShowsNo. 228

#944 橋本一子&中村善郎 duo

text by Kenny Inaoka  稲岡邦彌
photo by Haruo Mita  三田晴夫

2017年3月24日 19:30~ Motion Blue Yokohama

橋本一子 (piano, vocal)
中村善郎 (guitar, vocal)

橋本一子と中村善郎のボサノバ・アルバム『duo』は、リリース以来、寛ぎとともに彼らならではの完成度の高さを存分に堪能してきた。しかし、ライヴとなると視覚的要素に加えさらにさまざまなサムシングを期待するのがファン心理というものだろう。それに、CDに収録されていない曲目も演奏されるに違いない。

まず、ステージに登場した二人のコスチュームに注目した。中村は薄色のボーダー模様の丸首シャツにライトグリーンのコッパンというカジュアルな出で立ち。一方の橋本は、全身ブラックで統一。肩が半分露出したAラインの半袖ミディアム・ワンピースにスキニー・パンツ。靴は10cm以上はあろうかと思われる分厚いソールのセミ・ブーツ。上半身はダークブロンドのロングヘアと相まってフェミニンに、下半身はガーリーにという彼女独特のスタイリング。「会場の雰囲気に合わせてちょっとシックに装ってみました」とジョークっぽく発言していたが、古典的な言い方をすると“チープ・シック”の典型のように見受けられた。ブランド物はデザイナーに着せてもらうが、チープ・シックは自らのセンスで自己表現する厳しい手段と言える。スレンダーな肢体を生かしたいつまでもフェミニンさを失わない彼女のスタイリングはどこかカーラ・ブレイを思わせるものだった。

中村はボサノバの歌とギターを極めた達人である。そのソフトで甘いヴォイスと確かなギターワークで多くのファンを持つ。全編ポルトガル語で通したところをみるとおそらくポルトガル語もマスターしているのだろう。橋本はというとYMOへのゲスト参加からシンガーソングライター、ジャズ、CM/劇伴、声優、小説執筆など多彩なアーティスト活動を展開してきている。ボサノバについていえば、1994年にギターの弾き語りで『Under Water 〜水の中のボッサ・ノーヴァ』を発表している。当夜はこのような二人の出自が如何なく発揮され、時にケミストリーさえ生み、デュオの音楽をより魅力的で豊穣なものにしていた。意図的に仕組まれた思わせぶりなピアノのイントロやボサノバの通例を越えた強烈なアタックを含む間奏。日本語(三月の水、風の夢)と英語(ワンノート・サンバ、サマー・サンバ、マイ・シェリー・アモール、ソー・メニー・スターズ、イパネマの娘)、ポルトガル語(サマー・サンバ)で歌い分けたヴォーカル、さらには言語とスキャットを往来するような無国籍風ヴォーカリゼーションまで。これらが甘くソフトな中村のヴォーカルに対し、高く透き通るヴォイスで自由自在に展開されていく。ジョビンを中心にボサノバの定番が並ぶ中、
二人の個性が反映されたオリジナル(橋本:風の舞、中村:地平線)やスティーヴィー・ワンダーの<マイ・シェリー・アモール>、セルジオ・メンデスの<ソー・メニー・スターズ>が格好のアクセントになっていた。

トークは中村を向いた位置関係の橋本と、首を曲げて橋本に対面する中村との間でまるでプライベートな対話のように語られる。観客は、橋本がホステスを務めるTVジョッキーに中村がゲスト参加した番組を生で観ている風情。ボサノバらしいなんともインティメートな雰囲気に満たされた、しかしとびきりゴージャスなひとときだった。終演がほとんど22時に近かったが、本来であればもっと多くのファンにあの素晴らしい場を共有してもらえたはずと悔やまれる。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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