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Concerts/Live ShowsNo. 281

#1175 Fujirock Festival 2021 夏の苗場で聴いたジャズ~上原ひろみ「The Piano Quintet」など

text and photo by Ring Okazaki 岡崎 凛

<コロナ禍の中で開催された2021年のフジロック>
今年のフジロックは新型コロナウイルス感染対策をとり、入場者数を制限した開催になった。例年やって来る海外アーティストの姿はなく、出演者は国内組に絞られた。
筆者は参加する前に抗原検査を済ませ、陰性を確認したのち大阪から越後湯沢に移動、苗場の宿に泊まり、3日間ここで過ごした。
毎年の入場ゲートよりはるか手前に設置したフェス敷地内への入り口では、スマホアプリのIDを提示し、検温と手消毒、荷物検査を済ませ入場する。会場のあちこちが感染対策のために一昨年とはさま変わりしていた。ウイルス感染を防ぐため、やれることは全部やるという主催者側の姿勢がひしひしと伝わってくる。
さまざまな批判を受けながら開催された今回のフジロックの感染対策について、詳細を記すと数ページになりそうだ。だが本稿では、ここで聴いたステージの中で、ジャズ好きの人の心に響きそうな音楽を紹介することに重点を置きたいと思う。以下、気になった3組のアーティストを中心にレポートするが、夏の山での厳しい天候の中で、3日間のフェスを楽しむことを優先させた音楽ファンの記録として読んで頂きたい。

GYPSY AVALON 会場のイルミネーション
GYPSY AVALON 会場のイルミネーション

<8月22日(日) 19:10~ 上原ひろみ「The Piano Quintet」>
上原ひろみ(piano)、西江辰郎(1st violin)、ビルマン聡平(2nd  violin)、中恵菜(viola)、向井航(cello)

多くのジャズファンにとって、今年のフジロックに登場する注目のアーティストは上原ひろみだったと思うが、フェス3日目の最終日、彼女の「The Piano Quintet」では期待通りの演奏に出会えた。というより、期待を大きく上回り、「ブラボー」と叫びたくなる演奏だったが、今回のフェスでは感染予防の観点から大声を上げるのは禁止なので、周囲のファンとともに割れんばかりの拍手を送った。
会場内のステージの1つであるFIELD OF HEAVENで開演直前まで続いたサウンドチェックで、早くもヴァイオリンの快音を耳にして期待が高まる。苗場名物の雨が止んではまた降り始める天候の中、ステージ前を囲むスタンディングのファンの背中の向こう側に、赤いドレス姿の上原ひろみが登場した。グランドピアノを挟んで弦楽カルテットの面々が並ぶ。
聴こえてきたのはジャズというより、ほとんどクラシックに近い音楽だ。前にフジロックで聴いたアンソニー・ジャクソン(bass)とサイモン・フィリップス(drums)とのトリオとは大きく趣が異なっている。今回は彼女のピアノと弦楽カルテットのアンサンブルの美しさを心ゆくまで味わうステージとなった。

「The Piano Quintet」は新日本フィルのコンサート・マスターである西江辰郎が第1ヴァイオリンをつとめる弦楽カルテットと彼女のプロジェクトであり、9月8日(水)にアルバム『シルヴァー・ライニング・スイート』日本先行発売される予定である。このアルバムの最終曲〈リベラ・デル・ドゥエロ〉がフジロックでも最後に演奏され、聴衆を魅了した。思いっきり素人っぽい説明をするなら、サラサーテの〈ツィゴイネルワイゼン〉とチック・コリアの〈スペイン〉をミックスしたような味わいのある曲で、先行シングルとして配信されている。激しく踊るようなストリングスとピアノのコラボレーションを苗場の森の中で聴く幸福感は、これからずっと忘れないだろう。5人の演奏とともに音響ディレクターや現場スタッフに感謝をこめ、拍手を送った。

詳細についてはFujirock Express ’21 のライヴレポートが充実している☟
http://fujirockexpress.net/21/p_896

この秋リリース予定のアルバムのプロモーション動画では、上原ひろみの英語トーク(字幕付き)が新作を出すまでの道のりを丁寧に辿っていく。海外での多忙な活動が当たり前だった彼女が日本に留まらざるを得なかった2020年に、”SAVE LIVE MUSIC”という言葉を掲げ、新たな活動に取り組んだ彼女の言葉には、音楽家の切実な思いが込められている:
Hiromi The Piano Quintet – Silver Lining Suite (Album Trailer)

<8月21日(土)21:30~ ROVO>
勝井 祐二(violin)、山本 精一(guitar)、芳垣 安洋(drums&percussion)、 岡部 洋一(drums&percussion) 、原田 仁(bass) 、益子 樹(synthesizer)

ジャズファンにはおなじみのメンバーが参加するROVOはフジロックの常連でもある。今年度は出演アーティストの写真撮影は禁止となっているので、ステージ上部の鉄骨だけ撮影。Fujirock Express ’21 に公式写真とライヴレポートが載っている。☞ http://fujirockexpress.net/21/p_889

FIELD OF HEAVEN ステージの上部
FIELD OF HEAVEN ステージの上部

フジロック2日目の21日、彼らはFIELD OF HEAVENのヘッドライナー(最終演奏者)として登場した。森に囲まれ、フェス敷地内のやや奥深い場所にあるFIELD OF HEAVENは、過去に数々のロックレジェンドが登場したステージである。
ROVOは途中から聴いた。この夜のヘッドライナーには注目するバンドが3組あり、まず1番広い会場のGREEN STAGEのKing Gnuを3曲聴いて、2番目に広いWHITE STAGEに移動しNumber Girlを2曲ぐらい聴いた後、坂を登ってFIELD OF HEAVENに向かった。
この夜にほぼ同時スタートしたこの3組をどう聴くか、けっこう迷ったが、ROVOをメインに選び、最初の数曲を逃したが最後まで聴いたのは正解だったと思う。他の2組(King Gnu とNumber Girl)も日本のロック音楽史に名を刻むはずのバンドであり、彼らをチラ見しておきたいというのが正直な気持ちだったので、今回はそういう聴き方になった。

ROVOのステージは、客席辺りの照明をすっかり落として、闇夜のムードを漂わせていた。ヴァイオリンの音とシンセの音が妖しく絡まり合い、まるでシュールレアリズム絵画を音で体験するようだ。怪奇な幻想に満ちた世界をさまよいながら、ツインドラムのリズムに揺られる快感は、他のどのバンドでも体験できないだろう。音響のバランスも素晴らしく、勝井祐二のヴァイオリンの音がひと際伸びやかに響くように感じられた。彼らの音は地面を這うように足元からも伝わるようだった。暗い森の中に白く照らされたステージを前にして、痺れるような時間が過ぎるのを惜しみながら過ごした。
ROVOの公式ページ☞http://www.rovo.jp/profile/

GYPSY AVALON 会場の看板
GYPSY AVALON 入り口のモニュメント

<8月20日(金) ”The Timeless Nation”小沼ようすけ+沼澤尚 Mix by Kamiyann 12:50~>
小沼ようすけ(guitar)、沼澤尚(drums)
さまざまなゲストを呼んで政治的なテーマを語り合う場となるアトミックカフェが開催されるのがGYPSY AVALONステージであるが、トークイベントだけでなく音楽コンサート用にも使われる。一昨年までの場所では狭くて感染対策しにくいという理由で、今年はFIELD OF HEAVENの奥にある旧オレンジコートの敷地の端へと移転した。
この日はギタリストとドラマーのデュオ構成だったが、元々はKai Petite (bass,vo)、TOKU(vo,flg)もクレジットされていた。何らかの理由でこの2人は来なかったが、小沼と沼澤のデュオは4人で行われてきたライヴコンセプトを引き継いでいたようだ。
何のMCもなく演奏は始まり、小沼のギターは切れ目なく長い一曲を丹念に織り上げるように鳴り続け、沼澤も休みなくダイナミックなドラムを叩き続ける。身を揺らしながら聴く聴衆に真昼の陽光が降り注く中で、爽快に流れ続けるギターと、じわじわと激しさを増すドラムの対話は、40数分続いた。
以前ビルボードライヴ大阪で聴いた小沼ようすけのJam Ka Quartetはインターナショナル・バンドだったが、彼が現在は国内のプレイヤーとともに新たな活動を続けているのを実感するライヴだった。
小沼ようすけオフィシャルサイト: http://www.yosukeonuma.com/

参考動画:小沼ようすけ Kai Petite 沼澤尚 feat.TOKU – The Timeless Nation “Tour2021“ @京都 磔磔 2021/6/15

 

<その他の注目のプレイヤーについて>
2021年のフジロックでジャズファン目線で気になったグループとしては、8月20日にRED MARQUEEに登場したH ZETTRIO(エイチ・ゼットリオ)など、まだまだたくさんある。エイチ・ゼットリオは今回見逃してしまったが、彼らはフジロック常連なので、今後も聴くチャンスはあるだろうと思う。
注目の新人としては、ピアニスト草田一駿(そうたかずとし)が率いる五重奏体系のフレッシュな演奏が印象的だった(8/21(土) FIELD OF HEAVEN)。
また超絶技巧的ピアノパフォーマンスで連弾などを聴かせるEIKO+ERIKO|EYRIE(8/21(土) GYPSY AVALON)は、ジャズというよりプログレファンの心をつかみそうだ。

以下、サイドマン参加で出演し、心に残ったプレイヤーの名前を、会場と公演名とともに挙げておく。聴き逃しもあると思うが、ご容赦頂きたい。
水谷浩章(contrabass)/8/22(日) FIELD OF HEAVEN /青葉市子
・石若駿(drums) /8/22(日) RED MARQUEE /君島大空 合奏形態 (石若駿はこの他くるりなどとも共演)
・黒田卓也(trumpet)、広瀬未来(trumpet)など/8/22(日) GREEN STAGE/Misia
・西内徹(sax & flute)/8/20(金)FIELD OF HEAVEN /坂本慎太郎

<最後に一言>
ときどき疲労で頭が朦朧とする体調だったが、できるだけ多くのプログラムに接することを心がけた3日間だった。
今年のフジロックは、誰にとっても特別のものとなった。誰にも守りたいものがある。自分はとにかくとして多くのフジロックファンは日本と世界の音楽文化を支える人たちだと思う。今後もフジロックが多くの支援者に支えられ継続することを願っている。
できればもっとジャズファンの来場があればと思うし、関西以西の参加者も増えてほしい。

<参考写真:フジロックの風景>

岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

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