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Concerts/Live ShowsNo. 289

#1211 フリー・ジャズ・フェスティバル・ザールブリュッケ

text & photo by Kazuhisa Uchihashi (except*by Mark Dresser) 内橋和久

2022年3月末。ほぼ一ヶ月にわたる日本での仕事を終えてまたベルリンに戻る訳だけど、今回の滞在初頭コロナ待機中に勃発したロシアによるウクライナ侵攻により、あらゆることが劇的に変化していた。情勢は悪化をたどり、コロナによる渡航制限が緩和されるのとは裏腹に、フライトは軒並みキャンセル、果たして(ドイツに)無事帰国できるのかと不安に。結局、羽田発フランクフルト便はアンカレッジ上空から北極圏を越える航路をとった。まるで冷戦時代に逆戻り。シベリア上空を飛ぶ従来のフライトより3〜4時間ほど余計にかかるルートになることは予測はしていたが、機内で提供されるミールが減らされるとのことで、軽食を持参しなければならなかった。好物の赤飯おにぎりなど買い込んで搭乗。うんざりする渡航時間ではあったが飛行機は無事到着、深夜にやっと機材を引きずり帰宅した。

無事到着して最初の仕事は、今年で7回目の開催となるFreeJazzSaar (freejazzsaar.de) こと Free Jazz Festival Saarbrücke。ザールブリュッケというこの街はドイツの南西、フランスとのボーダー近くにある。ベルリンからは電車で7時間。僕らのバンド 「Frank Gratkowski(reeds), Dan Peter Sundland(Bass), Steve Heather(dr) と私。2018年頃から活動している」出演はメインプログラム最終日のトリだったが、僕は前日入りしてフェスティバルを観戦することにした。この2年、コロナ禍であらゆる音楽祭が延期、中止、Online開催され続け、規制の一時的な緩和で夏場にいくつかのフェスに参加することはできたがそれも稀で、久しぶりにほぼ本格開催で遠方から出演者が集まるフェスを一晩でもゆっくり堪能できることが嬉しかった。

この日はすごい寒波で、雪も降り大変寒い夜になった。4月に雪かと驚いたけど、ドイツではたまにあることらしい。とは言え翌日、この寒波がもたらす事態を知る由もなかった。それほど、欧州内陸の春の気候はとっても不安定なのだ。

今年のフェスティバルは4月6日から10日の5日間。プレイベントに続き金曜土曜がメインプログラムとなり、日曜はさながらクロージングイベントが昼間に開催される。メインプログラムの二日間、各日3つのグループが年配のフリージャズファンを唸らせる。70年代以降、ドイツでフリージャズを盛り上げた観客層が、シルバーヘアを輝かせながら今もなお客席を埋め尽くすのだ。

金曜初日、本日のトップバッターはBarry Altschulトリオ「3DOMFACTOR」。僕にとってのバリーはCIRCLE(Chick Corea, Dave Holland,Anthony Braxtonと彼)の人だ。79歳とご高齢だが、そんなことは感じさせない元気なプレイ。この歳になって、自分より上の世代が元気で闊達に活躍されていると嬉しさは100倍。続いて登場したAb Baars がぐんと若いふたりと組むバンドを含め、フェスティバルのWebサイトではそれぞれのバンド・プロフィールと動画が紹介されています。

金曜最後のプログラム、Ken Vandermarkのトリオ。「ESCALATOR」 は本来のベーシストの代わりに Christian Ramond が参加した。予定されていたベーシストMark Tokarはウクライナ人で、現在戦争により多忙中のため欠席、と知らされた。出演キャンセルの理由が戦闘参加…世界状況を実感する。しばし楽器を置いて武器を手にしなくてはならないという彼らの現実。欧州にベースを置き活動しはじめて15年以上になるが、国境のある大陸に住むということで、生活と戦争がいかに連なった現実であるかということを思い知らされている。すなわち音楽と戦争も、陸続きに繋がっていることを痛感する。どちらもひとりひとりの人間が考え、起こし、消費する。マークが音楽に安心して向かうことができる社会に、ウクライナの人々が武器や瓦礫を置いて音楽を体感できる社会に、1日も早く戻って欲しいと思う。

(実はこのトリオのドラマーのKlaus Kugel とバンドを組んでいて、この夏にアルバムをリリース、秋には日本ツアーを計画中です。このバンドはトリオでもうひとりがサックスのFrank Schubert。ECMをイメージさせるようなとっても繊細でダイナミックなバンドです https://schubert.uchihashi.kugel-trio.com

そして土曜日、メインプログラム最終日。(フェスティバル最終日の日曜は、フェス出演者から数人が参加するジャム・セッションとフェス開催中に催されたワークショップの成果発表コンサートが旧教会に会場を移して行われる。)

今夜はいよいよ僕らのバンド「ENTRAINMENT」の出番なのだが、前日入りしているのは僕とバンドリーダーのFrank  Gradkowski だけ。ベースとドラムのふたりはそれぞれ別々にベルリンから当日入りの予定…なのだが、昼、まずドラマーのSteve Heather からフランクに電話が入った。昨日の大雪の影響により路線の一部が寸断され、復旧作業のために電車が途中で止まっていると言う。欧州に点在するフリージャズのフェスティバルはいずれも歴史と存在感があるものの、運営は有給・無給のボランティアに支えられている。ただでさえフェスティバル最終日で人手がない中なので、車とドライバーを手配してもらいフランク自らスティーブを迎えに行くことになった。その車も途中、なぎ倒された大木に道を塞がれ大幅に迂回を強いられるなどトラブル続出。一方ベーシストDan Peter Sundland、ダンはもともとスティーブとは別便の列車で到着予定だったのだけれど、彼も悪天候ゆえの路線変更を強いられ、予定外の乗り継ぎを繰り返しなんとフランス回りで向かっているらしい。当然、予定されたリハーサルの時間には間に合わず、ぶっつけ本番になることが確定する。やれやれ。

Dan Peter Sundland, Jan Roder, Frank Gratkowski(左から)

予定外は僕らだけではなかった。本日トップバッターを予定していた「JONES JONES TRIO」、Larry Ochs(Leeds. ex. Rova Saxophone Quartet)、友人でもあるMark Dresser(Bs.)、Vladimir Tarasov (Dr.&Per. 今年75歳!)。彼らはツアー中だったが、オーストリアでまさかのQuarantine、コロナ隔離義務を5日間食らっていた。数本のコンサートもキャンセルしつつ、今朝やっと3人揃って陰性が確認され隔離解除となったが、予約していたフランクフルト行きのフライトがキャンセル。あわや到着は無理?とまで危ぶまれ、フェスは急遽、スペシャル・プログラムとしてAlex von Schlippenbach のピアノソロをセットした。実は先駆けて7日木曜、別会場にて彼のトリオとオクテットのコンサートが組まれていた。アレックスの誕生日スペシャルと銘打って。その2日後であるこの日、複数のミュージシャンたちの到着が危ぶまれプログラム崩壊の危機に、アレックスに白羽の矢がブチ刺さったのだが、これが凄かった。僕は今までアレックスの演奏はたくさん観てきたけど、実はソロというのは初めてだったんだな、と気づいたのだが、このソロが本当に素晴らしかった。1時間ノンストップで、泉のように噴き出してくるアイデアとエネルギー。木曜のコンサートで祝われた彼は84歳。この年齢で、これだけのエネルギー、アイデア、スピードを維持できてるなんて本当に凄い。僕に語彙力がないのではなく(それは事実だが)凄い、という言葉が完璧に当てはまるのだ。日本でも高橋悠治さん、佐藤允彦さんのような80歳越えの素晴らしいピアニストがいますから人類として可能なのはわかる、わかるけど、やっぱり凄い。みんな凄い。(語彙力…)

さてフェスティバルに戻って、僕らのメンバーはちょうどアレックスが始まった時ぐらいに到着した。よかった。こりゃ演奏のテンションも上がりそうだなぁ。JONES JONES TRIOが到着しないままふたつ目のバンド「RUF DER  HEIMAT」が演奏し、僕らの番だ。セッティングを始めたが何かおかしい。フランク、うちのバンマスがいない。電話すると、なんとJONES JONES TRIOがオーストリアからたったいま街に到着して、一緒に会場に向かってると。駅に着いたのかホテルに着いたのか、とにかく、フランクがそこに居て、あるいは駆けつけて、コンサート会場へと案内している模様。前述した通り、中小のフェスティバルは人々の協力と尽力で成り立っていて、主催者と親しく勝手を知る出演者としてフランクは、影に日向にフェスティバルに貢献していた。今年の功労者のひとり。

Jones Jones Trio

…ということで、JONES JONES TRIO がギリギリ到着するとのことで我々はセッティングを一旦バラし、彼らを待つことに。ほどなくして到着。会場も否応なしに盛り上がる。筋金入りのフリージャズ爺婆とそこに混じるヤング観客、とにかくみんな大喜びだ。お膳立て完璧なコンディションでいよいよ最後のバンド、我々の出番。正直、待ちくたびれてた。待ちくたびれてたけどだからこそ、満を持して、万全万感の体勢で挑めたと思う。このバンドEntrainment はすでにライブを重ねており、前回は我々のホームであるベルリンで、マイルスの"アガルタ"みたいなことになって超激しかった。とはいえ今回は、音響システムがアコースティック演奏向きだったこともあり、割と落ち着いて変化に富んだアンサンブルになったと思う。パワフルに走り抜ける演奏が可能な4人と現場の熱気を持ってして、濃厚で自由自在な演奏ができたといえる。観客、主催者、共演者、そして我々メンバー、みんな大満足だった。実はこのフェスのオーガナイザーは4年前に僕が共同キュレーションを務めたオーストリア地方都市Welsのフェスティバル、Wels Unlimited で僕のバンドAltered States(ナスノミツル(Bs.)、芳垣安洋(Dr.)) にフランクが加わったセットをいたく気に入っていたそうだ。とは言えこちらのフェスは日本からミュージシャンを複数招聘できる規模ではなく、コロナ禍では他の都市のフェスやコンサートとの連携も難しい。そこで相談されたフランクがこのバンドを自薦し、出演が決まったという経緯があった。いつかアルタードのセットでの出演も、実現したいものだ。

Entrainment

終演は深夜1時半。それから楽屋で朝4時まで呑んだ。舞台裏がカオスになるフェスも、観客の熱狂も、終演後の宴も随分、久しぶりだった。音楽に打ちのめされたり救われたりする現場が、こんなに大変で、綱渡りのようで、だけどだからこそ実現できるってことが凄いことなんだって言うのも、改めて実感することができた。

今回、around 80の高齢ミュージシャンたちの演奏が素晴らしかったことにとても励まされた。そしてコロナ渦、戦争という社会のハードルのなか行われたフェスティバル。1日も早く、安心して音楽ができるようになることを祈る気持ちだ。一方、アフリカや中南米で黒人のミュージシャンたちは長年、命が脅かされるような状況の下あんなに素晴らしい音楽を作ってきた歴史を、自分は何歳になっても勉強するばかりで、そしてそのたび打ちのめされる。自分がいかにのうのうとと音楽をやってきたかと、考えさせられる。改めて気持ちを引き締めて、音楽に向かおう。心からそう思う日々です。

マーク・ドレッサーと内橋(*)

追伸)翌、日曜日。フェスティバルの「エピローグ」として旧教会でジャムセッション。参加を頼まれていたので会場へ向かい、ワークショップの成果発表を見物していると、朝イチでホテルから旅立っていったミュージシャンたちが続々と、重い荷物を引きずってやってくる。雪の影響がまだおさまっておらず、午前中のフライトや長距離電車が軒並みキャンセルされ戻ってきたのだ。僕らが乗るはずだった午後の電車もやはりキャンセル。随分待たされ、ドイツ国内をかなり大回りして夜遅く、なんとか無事ベルリンにたどり着いた。

 

2022年4月22日
ベルリンにて
内橋和久(構成 内橋華英)

演奏他詳細は;
http://www.freejazzsaar.de/

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