#1244 矢沢朋子 Absolute-MIX presents Electro-Acoustic Quartet
text by Toshie Kakinuma 柿沼敏江
photo by Kazue Yokoi
2022年11月22日 吉祥寺STAR PINE’S CAFE
出演:
矢沢朋子(Piano,Synth,DJ)
大坪純平(Electric Guitar)
成田達輝(Amplified Violin)
北嶋愛季(Amplified Cello)
1st Set
平石博一エレクトリック・ミュージック・ミックス by DJ Yazawa
2nd Set
・Maybe You for Electro-Acoustic Quartet by Scott Johnson
・Convertible Debts for Electro-Acoustic Quartet by Scott Johnson
(1) Listen (2) Tickets (3) Air Compressor
・Rock for Amplified Quartet by Scott Johnson
主催:Absolute-MIX実行委員会
文化庁「ARTS for the future! 2」補助対象事業
ピアニスト矢沢朋子が企画する「Absolute-Mix」は、今回ニューヨークを本拠地として活動するスコット・ジョンソンの作品を取り上げ、エレクトロ・アコースティックなサウンドを生き生きと繰り広げるその独自の世界を紹介した(11月22日吉祥寺Star Pine’s Cafe)。
スコット・ジョンソン(1952-)は、声のサンプリングによる「スピーチ・メロディ」にいち早く取り組んだ作曲家で、代表作《ジョン・サムボディJohn Somebody》(1982)では、日常的な話し言葉の断片にエレキギターのサウンドを絡めて、声と音響が一体となった、またロックとシリアスが混じりあったハイブリッドな空間をつくりあげた。「スピーチ・メロディ」と言えば、スティーヴ・ライヒの作品を思い浮かべる人もいるだろう。《ディファレント・トレインズ》(1988)やマルチメディア・オペラ《ケイヴ》(1993)もそうした手法を用いた作品だが、ジョンソンの方が先んじていた。
思い返してみると、筆者は1983年にアメリカに留学した際に、《ジョン・サムボディ》を当時カセットで入手してよく聴いていた。帰国後の1996年、某レコード会社によるジョンソン招聘の話があったが実現せず、2001年に矢沢によるAbsolute-Mixの第1回コンサートに際してはじめて来日した。
コンサートの前半は、前回のAbsolute-Mix 2021 のテーマ作曲家、平石博一の《エレクトリック・ミュージック・ミックス》。矢沢が“DJ Yazawa”としてDJ機器とお気に入りのRD800によるDJプレイで立体的な音響空間をつくりあげていたが、技巧派ピアニスト矢沢朋子を知る者にとっては、持ち前の技量を発揮する場をもっとつくってほしいところだ。
後半はジョンソン特集となった。矢沢が今回取り組んだのは、ジョンソンの1990年代の3作品、《メイビー・ユーMaybe You》(1999)、《コンバーティブル・デッツConvertible Debts》(1996)および《ロック・ペーパー・シザーズRock/Paper/Scissors》(1990)。20-30年遡る当時の音響機材がすでに使えなくなっている現状もあり、ジョンソンの作品のように録音を機材で操作した作品を演奏するのはかなり困難な作業となる。矢沢は作曲家本人の助言を得て古いマルチトラック録音を復活させ、シンセサイザーを調整し、ようやく4人のアンサンブルでの演奏実現に漕ぎ着けた。
《メイビー・ユー》はたった一つの声のサンプルを操作して、最低音から最高音まで、音楽全体に広げて展開した作品で、矢沢はかつてこの曲の世界初演に参加している。《コンバーティブル・デッツ》は、たとえば「リスン(聞いて)」という言葉が繰り返される中に、急速な音響と声が次々と散りばめられ、ポップな感覚で進行する。テープ・ループを使った音づくりには、かえって60年代のライヒのテープ作品を思い起こさせるところもあった。
《ロック・ペーパー・シザーズ》は「ジャンケン」を意味する言葉で、グーはチョキに、チョキはパーに、パーはグーに勝つという永続的な構造、つまりはミニマル的な円環的構造を示唆する。今回は全5曲のうちの第1曲〈ロック〉だけが演奏された。畳みかけるように繰り出されるパワーのある音響と緩やかなメロディが、入れ替わりながらメリハリのある「absolute mix」な音響空間を作りあげていき、聴き応えのある音楽となっていた。ジャンルを横断して活動する大坪純平(エレキギター)、ライブハウスでの演奏は初めてと言う成田達輝(ヴァイオリン)と北嶋愛季(チェロ)の好演もあって、スコット・ジョンソンのハイブリッドな音響が楽しめるコンサートとなった。
柿沼敏江(かきぬま・としえ)
カリフォルニア大学サンディエゴ校博士課程修了。ハリー・パーチの創作楽器の研究を行う。専門はアメリカ実験音楽、20-21世紀音楽。著書に『アメリカ実験音楽は民族音楽だった』(フィルムアート、2005年)、『〈無調〉の誕生』(音楽之友社、2020年、第30回吉田秀和賞受賞)。訳書にジョン・ケージ『サイレンス』(水声社、1996年)、アレックス・ロス『20世紀を語る音楽』(みすず書房、2010年、ミュージック・ペン・クラブ賞受賞)、『アラン・ローマックス選集 アメリカン・ルーツ・ミュージックの探求』(みすず書房,2007年)などがある。