ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #5『Purple Rain』
パープル・レイン、ちょうど一週間前の2016年4月21日に突然この世を去ったプリンスの32年前に発表されたこの曲は、彼の死をきっかけに英米両国のiTunesチャートで再びトップに位置し、現在ビルボードで17位だ。前代未聞であろう。この名曲はアメリカのラジオから何十年間もしょっちゅう流れている。またプリンス自身もこの曲をライヴでずっと演奏している。アメリカに浸透している名曲なのだ。
映画パープル・レインはこの曲を中心にプリンスの演奏の素晴らしさをプロモートするために作られた。ワーナーブラザーズが売れないと思ってリリースを渋ったこの映画は、$7.5M(8億1千万円)程度の制作費で$80M(86億5千万円)の売り上げを上げた。
彼の死をきっかけにパープル・レインが発表されたコンサートの動画が数日前インターネットを騒がせた。
http://antiquiet.com/music/2010/05/prince-purple-rain-1983-video/
収録はリリースの1年前、1983年8月3日、プリンスの地元ミネアポリス、映画の舞台になったFirst Avenueナイトクラブでの収録だ。プリンス若干25歳。色々と驚かされることがあった。まずこの曲は9分弱、とポップソングにしては異常に長いのだが、オリジナルはなんと14分弱。驚かされたのは、その発表日のライヴ録音が9分弱に編集されてそのままリリースに使われたということだ。詳細については少しずつ記述していきたい。その他にも<I Would Die 4 U>と<I’m A Star>もこの日発表され、この収録がそのままリリースに含まれた。
筆者はあまり歌詞のある曲に詳しくないので、歌詞に関してのコメントはできないが、以下が歌詞(筆者訳):著作権上英語原文の掲載は控える。ネットで調べてこの訳と並べて見ることをお勧めする。
悲しませるつもりはなかったよ
苦しませるつもりはなかったよ
一度でいいから笑顔が見たかった
きみが紫色の雨の中で笑うのが見たかったんだ
パープル・レイン、パープル・レイン (x3)
きみが紫色の雨で水遊びをするのが見たかったんだ
週末だけの恋人になるのは嫌だったんだ
特別な友達になりたかったんだ
他のやつからきみを奪うなんて考えてないよ
ぼくたちの関係を終わらせなきゃいけないなんてとても残念だ
===リリースからカットされた部分===
Honey I don’t want your money, no, no(ハニー、きみのお金なんて欲しくないよ)
I don’t even think I want your love(きみの愛を欲しいと思うなんて考えたくないくらいだ)
If I wanted either one I would take your money and(どちらか選べと言われれば金だ)
I want the heavy stuff(重い方を選ぶさ)
====================
パープル・レイン、パープル・レイン(x3)
きみが紫色の雨の下にいるのが見たかっただけだ
ハニー、わかってるよ、わかってるよ
時が変えていくっていくのはわかってるよ
みんな新しいものを求めて進むんだ
きみも含めてね
きみはリードしてくれる人を求めてるって言ったけど
迷ってるみたいじゃないか
そんなことに固執しないで
ぼくにまかせて紫色の雨のところに行こう
パープル・レイン、パープル・レイン (x2)
If you know what I’m singing about up here, C’mon, raise your hand
(聴衆に『オレの言ってることわかったら手を挙げてくれ』– ライヴでのお約束)
Purple rain, purple rain
きみを紫色の雨の中に見たいだけだよ
パープル・レインの意味
プリンス自身の説明によると、空は青い。もし血の雨が降ったら青と混ざり紫になる、という意味だ。そして、この世が終わるその時にもし自分の愛する人と一緒にいることができたなら、紫の雨の中、運命と神に身を委ねるよう自分が導く、という意味だそうだ。ただし正式な出典ではない。プリンスの最初のヒット作、1999からも理解できるように、プリンスは当時世紀末に題材を多く見出していた。子供時代からの苦労からか、ただ単に70年代からの流行りだからかはわからない。プリンスのもう一つの特徴はかなり性を強調していたことだ。プリンス自身はインタヴューなどで皆が言うほどセックスに話題を集中させているとは思わない、と言っているが、映画を見てもかなり強力に性を強調しているのがわかる。ギターのネックを自分のペニスに見立てた映画でのステージパフォーマンスなどは見ていてこちらが顔を赤らめる。最近のインタヴューで『オレのファンは最近自分の子供を連れてライヴを聴きに来てくれる。これはそれだけオレが成長したってことだ』と言っていたのは、自分でも若い時の性を強調した曲やパフォーマンスは若気の至りと思っているらしい。
曲の構成
この曲の特筆すべき特徴は幾つかある。まず長さだ。発表のライヴではイントロだけで4分だが、それは単にプリンスが新人ギタリスト、ウェンディー・メルヴォリンをお披露目したかったのか、それとも新曲に対してアイデアが頭を駆け巡り回っていた、という風にも見える。収録された映像では、このイントロ部分はウェンディーにスポットライトが当たっており、プリンスは映っていない場所でブルースペンタなどを気ままに入れている。唯一信頼した(多分)、唯一愛用した(多分)ギター、Hohner Telecasterの調子でも調べているのだろうか。そしてプリンスがマイクの前に立ち、例の女性ファッションモデルがするようなシャープな身のこなしでギターを背中に回し、マイクを手にして歌おうとするが、そこで一旦やめているのである。何がプリンスの頭の中で駆け回っていたのか。
ギターのヴォイシングが特異(後述)なので、この曲がヒットしてからは最初のコードを聴いただけでパープル・レインが始まると聴衆は知るが、この発表の映像ではこの誰も知らない看板のコード進行を延々4分もイントロにし、困惑する聴衆の空気が映像からうかがえる。ひょっとしたらこれは聴衆の頭にこのコード進行とヴォイシングを焼き付けるために行った作為であったのか?!徐々に盛り上げるこの曲の偉大さに自信があるからならではの作戦であったのか?!
リリースされてからのこの曲の長さの特徴は、歌の部分が終わってからの約3分に及ぶギターソロバンプと、曲が終わってからの2分に及ぶテクスチャーのタグセクションだ。オリジナルでのピアノのアルペジオが延々と続いた後、リリースバージョンでは客席のノイズにストリングスがオーバーダブされ、リゲティーやペンデレッキのようなテクスチャーを思い起こさせるセクションが加えられている。長い曲といえばディレック・アンド・ザ・ドミノスの<レイラ>をすぐ思い出すが、パープル・レインより一年前にパット・メセニーが<Are You Going with Me?>をリリースしており、そこにアイデアの共通性を見る。筆者にはパープル・レインの最終部分もメセニーの<Are You Going with Me?>の最終部分も共に性行為を意識していると取れる。
コード進行とメロディー
曲の一番最初のコード、B♭の3度を2度に置き換えたコードがまず印象的だ。このコードは映画の中でもプリンスがこの曲を書き始める時に、ピアノで左手に焦点が当てられて響かせるシーンが強調されている。普通3度を抜くというのはメジャーかマイナーかを不明確にするための手法だが、ギターのヴォイシングからそういう不安定な響きではない。
ギターでヴォイシングしているのは
B♭ — F — B♭ — C — B♭
これは理論的にはF(Sus)/B♭が正しい表記だが、B♭(no 3rd, add 2)の方がフォーク・ロック系では一般に受け入れられている表記だ。
続くコードはベース音だけが6度音、つまりGに下がって
G — F — B♭ — C — B♭
つまりG-11というコードだ。モードジャズでよく使われるコードだが、そういうヴォイシングになっていない。B♭ — Cのヴォイシングがサス・コードの響きを継承するようにヴォイシングされている。
ギターのヴォイシングから全体のコード進行を書き出す。ギタリストでない筆者が趣味で所有するギターで実際に弾いてみたが、とんでもなく押さえにくいコードばかりで手が吊るかと思った。
ヴァース | |||
B♭(omit 3、add 2) | G-11 | F | E♭(add 2) |
(I Major) | (VI minor) | (V) | (IV) |
B♭(omit 3、add 2) | G-11 | F | F(2柏のみ) |
(I Major) | (VI minor) | (V) | (V) |
B♭(ブレイク) | |||
(I Major) | |||
コーラス | |||
E♭(add 2) | E♭(add 2) | B♭(omit 3、add 2) | G-11 |
(IV) | (IV) | (I Major) | (I Major) |
F | F | F | F(2柏のみ) |
(V) | (V) | (V) | (V) |
B♭(ブレイク) | |||
(I Major) |
コード進行だけを見ていると、まるでカントリーウエスタン調だ。しかしメロディーが恐ろしく凝っている。まずポップミュージックではほとんど聞かれない、13th-9thというメロディーラインが不安定感を醸し出す。そして5度和音であるFでブルージーな♭7を連打し、しかもここだけ2拍延長してドラマティックさを盛り上げている。それに続くブレイクは、直前の延長した2拍の小節から、耳は4/4の残りを埋める2拍のブレイクを期待するが、実際は4/4に戻っており、あたかもこの小節が2拍延長されたように聞こえ、これがコーラスに向かうための色変えを行っている。まさに天才的な手法だ。
コーラス部分は例の有名な『パープル・レイン』の部分だ。面白いのは、このラインは非常にカントリー・ウエスタン的だ。スチールギターの合いの手でも入りそうなところだ。プリンスのシグネチャー的なブルージーな合いの手さえ入らない。特筆すべきは、前述のブルージーなE♭を連打するラインに入る前にFのコードを2小節余計に入れて、ステートメントに入る前の期待感を盛り上げる。クライマックスと言わずにステートメントと言ったのは、このパープル・レインを繰り返すコーラス部分は、ヴァースの呻くように歌うセクションとは対照的に、気持ちが落ち着くように歌われており、それに続く『きみが紫の雨の中にいるのが見たいだけなんだ』というくだりは、またエモーショナルに戻るブリッジになっている。このコーラス部分はかなりキャッチーなメロディーで、聴衆が一緒に合唱できるように、という意図だと思われる。それにしてもこのE♭が連打されるラインは何度聴いても震えがくる。
ソロ・バンプからエンディング
もちろんこのプリンスのギターソロはレジェンダリーだ。オーバードライブのコンプレッションがかかったエレクトリックギターの音は、筆者の専門であるフルートと違って、サックスやトランペットなど同様オーバートーンがリッチで、人の声に近いので聴衆の心に直接食い込む(フルートにはできない芸当なので、悔しい)。プリンスは決して速弾きでギミックしない。彼がクラプトンに世界一のギタリストと言わせた理由だ。
ギターソロ自体は約1分半だ。そして例のこの曲のシグネチャーであるB♭ — Aを繰り返すリフを始める。後々のライヴでこのリフに入る前に入れるB♭のブルース・ペンタトニックのフレーズもこのオリジナルの映像にはない。この映像から初めてわかった興味深い事実がある。プリンスはこのリフを事前に考えていたのではないらしい。この映像で彼がリフを始めた時(リフを始めようとしていたのかも怪しい)4小節間音を探っているのである。その4小節が終わる頃には自分がリフをこのラインで作る、というのが決まったようだ。そしてその出来立てのリフを延々繰り返す。思案した最初の4小節を払拭するように確定した次の4小節から4回繰り返してから例の有名な第二テーマ、ファルセットの下降系のラインを歌い始めどんどん盛り上げる。このラインは今では聴衆が合唱するパートでもある。そのあと出来立てのリフに戻り、ロック定番エンディングだ。だがそのエンディングは1分かけてフェードアウトする。この長いフェードアウトで前述の新品のリフをさらに一回だけ歌う。即興で進めているのがよくわかる。この歴史に残る偉大な曲の構成を即興で完成させてしまったのは、後々のパフォーマンスを見るとわかる。リリースではこのフェードアウトが2倍の2分に延長され、ストリングスが世紀末的なテクスチャーでオーバーダブされているのは前述した通りだ。
最後に手前味噌で申し訳ないが、プリンスの突然の他界に対する筆者の思いを込めた動画をシェアしたいと思う。