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Live Evil 稲岡邦弥No. 319

Live Evil #51 うた:さがゆきと沼尾翔子 2

text & photo by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

先月号の Live Evil #50 でとりあげたさがゆきさんと沼尾翔子さんについてメモ的感想を続ける。
それほど遠くはないのに未踏の地であった町田の「Nica’s」へさがゆきを聴きに出かける。友人ふたりに途中からもうひとり加わって4人の一個小隊になった。さがさんに付き合うのは店主でピアニストの元岡一英さんとアルトの宮野裕司さん。

2024年10月18日(金)町田・Nica’s
Gentle Trio
さがゆき  vocal, guitar
元岡一英  piano
宮野裕司  alto-sax

先月の中村八大特集と打って変わって今夜はジャズど真ん中デューク・エリントンの曲が多かった。しかも『ポピュラー・エリントン』ではなく、ちょっと凝った選曲が多かったか。メモを取る野暮は控えたので思い出す術はないが、魂を持っていかれた絶唱があった。<You Don’t Know What Love Is>。近くのシートで嗚咽を漏らす女性の声が聞こえた。ふとみやると脇の柱にレディ・デイのポートレートがかかっていた。さがさんはどの曲もメロディはもちろん、歌詞、その背景をすっかり自家薬籠中のものとし、自由にフェイク、随所にスキャットを交えながら歌い上げていく。元岡さんと宮野さんというふたりのベテランが、ユニゾンでカウンターでさがさんと付かず離れず添ったり絡んだり絶妙なインタープレイを聴かせる。それぞれの音色は鈍い光を放つ燻銀。「Gentle Trio」という名の通り、創り上げる世界はほのぼのとレイドバックした大人の風情が満ち満ちている。それぞれは共演歴があるようだが、このトリオでは初顔合わせという。その以心伝心の調和はジャズという共通語のなせる技だろう。忙しい3人が次に顔を合わせられるのは来春、2、3月頃とのこと。また、足を向けることになるのだろう。


2024年10月20日(日)東北沢・OTOOTO

沼尾翔子 vocal
山内弘太 electric guita
阿部真武 electric bass

日曜日の昼下がり、2時からの音出し。沼尾さんの熱烈なサポーター、ランダムスケッチ大島彰の誘いに乗った。これが大当たり。大島さんの慧眼に感謝せねばならない。沼尾さんは大阪出身だが東京住まい、山内さんの京都から上京の機会を捉えた初顔合わせというのだから。
大島さんの「今日はインプロぶくみ」という謎の予言通り、1st:2曲、2nd:3曲というインスト顔負けのセッション。沼尾さんのセッションは3回しか経験がないが、歌詞とメロディを慈しむシンガーソングライター的側面と、渋谷・クラシックスの<野牡丹>で見せたヴォイスを楽器として使うインストゥルメンタリスト的側面の2面性を持つアーティストのようだ。ギターの弾き語りや、レギュラー・ユニットの演奏を聴いていないにわかウォッチャーの独断に過ぎないが。この日の沼尾さんはギターの山内さん、ベースの阿部さんとインストゥルメンタリストして対等に渡り合った。基本になる沼尾さんのオリジナル楽曲はギターとベースに容赦なく侵食され、解体されていく。沼尾さんもそれを楽しみ、進んで身を任せていく。ダブリン(アイルランド)で仕込まれたジャズ・スピリッツか? 時折り聴き覚えのある歌詞やメロディーが断片的に発せられる。ギターとベースはエフェクターを使いながらSE的なサウンドを散りばめていく。弓で弦を弾きながらエフェクターで変調させていく山内のギター。テーブル・ナイフを弦に挟み込みプリペアードさせながら、あるいは音叉で弦を叩きエフェクターを使うベースの阿部。阿部は靴を脱いで微妙なペダルのコントロールを試みる。
インターミッションで地下の小さなハコから地上に出て新鮮な空気を胸いっぱい吸い込む。顔を上気させた大島さんが「いいですねえ」を連発、我が意を得たり!のドヤ顔を見せる。山内さんと阿部さんも地上に顔を出し、4人で興奮を確かめ合う。しかし、ふたりは意外にクールだ。酔っているのは我々だけか。「このトリオで録音したいですねえ」「ぜひ、やりましょう!」。白昼夢で終わらせるわけにはいかんねえ。
音楽をカテゴライズしたくはないが、「オルタナティヴ・アンビエント」あるいは「ハイパー・アンビエント」とでも名付ければそれなりに彼らの音楽を想像してもらえるだろうか?

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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