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特集『ECM: 私の1枚』

神野秀雄『Azimuth / John Taylor, Norma WInstone & Kenny Wheeler』
『アジマス/ジョン・テイラー、ノーマ・ウィンストン&ケニー・ホイーラー』

●ECMとの出会い『Keith Jarrett / My Song』

ECMとの出会いは、中学2年生の初夏。当時、吹奏楽部でサックスセクション(+バスクラリネット)にいて、サックスのアイデンティティを求めて音楽を探し出すと、クラシックには少ないので消去法でジャズ・フュージョンに傾倒していった。FMで<Mandala>を除く全曲かけていた『Keith Jarrett / My Song』(ECM1115)をカセットに録音。キースの美しい曲の数々と、ヤン・ガルバレクのサックスの音色にすぐに夢中になり、今でも最も大好きなアルバムであり続ける。ただこの時点で”ECM”への意識はそれほどでもなく、キースについては『The Death and the Flower (生と死の幻想)』(Impulse)に向かったり、ソロとしては『Sun Bear Concerts』(ECM1100)の<Osaka November 8, 1976 Part 1>をAM番組の抜粋で聴いた。いわゆるヨーロピアン・カルテットとしては、『Belonging』(ECM1050)はもちろん好きだが、『Nude Ants – Live at the Village Vanguard』(ECM1172-73)の<The Sunshine Song>も大好きな1曲だし、これと<Innocence>は大学のジャズ研で演奏していた。そしてこの1979年5月をもってカルテットは永久にその活動を停止した。


ECM1115 – My Song

Keith Jarrett (Piano, Percussion)
Jan Garbarek (Tenor Saxophone, Soprano Saxophone)
Palle Danielsson (Double-Bass)
Jon Christensen (Drums)

Recorded November 1977, Talent Studio, Oslo
Engineer: Jan Erik Kongshaug


●『Azimuth』の衝撃

県立福島高校に進学するとジャズ研に入り(映画『ブルー・ジャイアント』も『スウィング・ガールズ』もなぜか東北の高校生があるきっかけで、、。先輩に大友良英、後輩に浅利史花がいる)、それとは別にクラスにS君という同級生がいて、ECMをどんどん買ってきては貸してくれた。後に定番となり、自分でも愛重盤となるアルバム多数がこのときに入ってきた。高校のジャズ研で演奏したのは、『Chick Corea / Return to Forever』より<La Fiesta>、<Crystal Silence>、『Chick Corea & Gary Burton in Concert, Zürich, October 28, 1979』(ECM1182/83)から<Bud Powell>だった。

さて、その貸してもらった中で、最も異質で特殊だったのが『Azimuth』だった。アジマスは、ジョン・テイラーのピアノ&シンセサイザー、ノーマ・ウィンストンのヴォイス、ケニー・ホイーラーのフリューゲルホーンによるイギリスを拠点としたユニット。そして1977年にオスロで録音された同名のファースト・アルバム。その時間と空間を超えて漂うような音の世界に、よくわからないまま惹き付けられた。今、世界の果て、厳冬に向かうチリ・パタゴニア最南端の街プンタ・アレーナスでこの記事を書いているが、ここには時間が止まったような感覚があり、ジャケットのような灯台やブイもあって、その感覚をさらに強めている。
高校生のとき未熟な耳で聴いた、1977年録音の『Azimuth』(ECM1099)は、スタジオで構成された人工的な音に聴こえ、ライブという感覚がなかった。奇跡的にオスロ・タレント・スタジオでの録音風景がBBCで記録されていた。

BBC Omnibus – Kenny Wheeler Documentary
“Azimuth” Recording at the Talent Studios, Oslo
(10:40より)

●Azimuth Live at New York, September 1987

1987年夏、大学生のとき、ヨーロッパから飛び、初めて降り立ったニューヨーク。情報紙「ヴィレッジ・ヴォイス」でジャズライヴを探し、期せずして聴くことができたライヴ、そして人生で最も思い出に残るライヴのひとつが、今は無き「ファット・チューズデイズ」でのジョン・アバークロンビー・トリオ&アジマスだった。

John Abercrombie Trio and Azimuth
September 4-6, 1987. 20:00, 22:00, 24:00
Fat Tuesday’s (190 Third Avenue, at 27th Street, New York)
John Abercrombie Trio: John Abercrombie (g), Marc Johnson (b) and Peter Erskine (ds)
Azimuth: Norma Winston (vo), Kenny Wheeler (tp, flgh) and John Taylor (p, keyb)

人工的な音に聴こえライブという感覚がなかったアジマスのライブが聴けることに驚かされた。演奏されたのは<O><Siren’s Song>など、その他、エグベルト・ジスモンチ作曲の<Cafe>が印象に残っている。研ぎ澄まされた緊張感と穏やかな安らぎが同居するアジマスのサウンドを聴くことができた。まずケニーの豊かな音色と表現力に圧倒される。これはジョンとノーマにも共通し一音一音の美しさと卓越した表現力、そして3人の親密な距離感の中で音楽が紡ぎ出されて行く。アルバムとライブの音響は完全に一致していたことが驚きだった。ECMのリヴァーヴはオリジナルを歪めるのではなく、アコースティックな空間を忠実に再現するためのものだったのか。ECMが原音にどれだけこだわっているのか。人工的に思えていた「ECMサウンド」への誤解が解けた瞬間でもあった。

終演後、ジョンと話した。「曲名の<O>とは何ですか?」の問いに、「文字通りアルファベットのOという意味だけど、ゼロ、円環という意味も込めている。」と語るなどひとつひとつ丁寧に答えてくれた。イギリスの住所を教えてくれて、自宅に遊びに来るように言ってくれたが、こんな貴重な申し出を実現せず社交辞令に終わらせてしまったことが悔やまれる。さきほど、アルバムとライヴの音響が一致する、と書いたばかりで矛盾するようだが、それでも、ジョンのピアノ、アジマスのサウンドには、生音でなければわからない拡がりとニュアンスがあり、アジマスと時間と空間を共有し、生音に触れられたこと、3人と話せたことは一生の宝物にしたいと思う。日本のECMファンに、生アジマスを聴いたというと相当に驚かれ羨ましがられる。ジョン・テイラー来日時のサイン会で「ニューヨークでアジマス聴きました!」と言ったら、背後から大きなどよめきが起こっていた。

1988年にヤン・ガルバレク・グループが郵便貯金会館でコンサートを行ったときに、武満徹が楽屋に来ていて、「ヤン・ガルバレクはよく聴かれるんですか?」「いや、本人に会いたいと言って呼ばれました。」「イギリスのアジマスというグループの音楽がとてもいいですよ。ぜひ聴いてください。」と、武満徹にアジマスをお勧めしてしまったが、まず聴かなかったと思うけれど。


©Roberto Masotti

遡ること、私の印象に残るジョンのプレイには、ヤン・ガルバレクとの共演がある。ジョンは『Places』(ECM1118, 1977年)から参加、ここではオルガンを多用しながら空間の広がりを表現する。『Jan Garbarek Group / Photo with Blue Sky, White Cloud, Wires, Windows and a Red Roof』(ECM1135, 1978年)の1曲目<Blue Sky>のイントロ、エバーハルト・ウェーバーのよく伸びる電気アップライトベースと、ヨン・クリステンセンのシンバル・レガートに載る、軽やかなピアノの高揚感と色彩感に心を鷲掴みにされる。そして、ビル・コナーズの浮遊感のあるギター。それに続くすべての曲でもジョンのピアノはジャケット写真そのものの美しい世界観を創り出す。また、このアルバムは録音後にマンフレート・アイヒャーが写真を持ってきて、それに合わせて各曲のタイトルをつけたと言う。そしてとても個人的には、東京大学の学園祭で神子直之(p)、有田浩二(g)らが<Blue Sky>を演奏しているのを聴いたのがきっかけで、東大ジャズ研に入り、その因果関係というか、後から東大に入学するので、音楽だけではない人生にも深い因縁のあるアルバムになっている。

そして、ジョンとケニー・ホイーラーには多くの共演があるが、その中でも最も心を打たれる演奏のひとつが、1987年の『Kenny Wheeler / Flutter By Butterfly』(Soul Note)の一曲目<Everybody’s Song But My Own>。特にジョンの美し過ぎるイントロからの導入が心を打つ。

ノーマ・ウィンストンは、2000年頃だったかイタリア・ウーディネ出身(オーストリア帝国の影響が残る地域)のグラウコ・ヴェニエルと、ドイツ出身のクラウス・ゲーシングを加えたトリオを結成し、2002年に『Chamber Music』(Austria Universal)を発表し、2009年以降、ECMにすでに3枚のアルバムを残している。個人的には現存する最も好きなバンドだ。Office Ohsawa の招聘によって2度の来日を実現している。COVID-19から落ち着きを見せる今、次なる来日を楽しみにしたい。

2014年〜15年にかけて、ケニー・ホイーラー(1930年1月14日〜2014年9月18日)とジョン・テイラー(1942年9月25〜2015年7月17日)が相次いで亡くなった。ノーマの元夫でもあるジョンは演奏中ステージで心臓発作に倒れた。わずか1年の間に人生を共にした最も大切な2人を失ったノーマの悲しみは計り知れず、2015年新宿ピットインでの終演後ノーマがとても寂しそうに話していたのが忘れられない。私が世界で最も美しいと思う音を創って来た3人のユニット「Azimuth」。日本で演奏される機会は遂になかった。


ECM 1099 - Azimuth

John Taylor (piano, organ, synthesizer)
Norma Winstone (voice)
Kenny Wheeler (trumpet, fluegelhorn)

Recorded March 1977 at Talent Studio, Oslo
Engineer: Jan Erik Kongshaug

※この記事は、JazzTokyoに掲載したケニー・ホイーラーとジョン・テイラーへの追悼記事からの引用を含め再構成した。
アジマスを検索すると、ブラジルのバンド「Azymuth アジムス」に引っ張られることが多い。ホイーラーなどを加えるとアジマスが出てくる。
アジムスはNHK-FM「クロスオーバー・イレブン」のオープニング&エンディング・テーマで広く知られている。

神野秀雄

神野秀雄 Hideo Kanno 福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。Facebookグループ「ECM Fan Group in Japan - Jazz, Classic & Beyond」を主催。ECMファンの情報交換に活用していただければ幸いだ。

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