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特集『ECM: 私の1枚』

塩谷 哲『Keith Jarrett / My Song』
『キース・ジャレット/マイ・ソング』

ヨーロッパへ行くと必ず思うことがある。それは生活空間の音の響きの違いだ。

例えばローマ中央駅から歩いて2分のカフェで一息ついていると、1ブロック先を行き交うトラムのすれ違う音が聞こえてくる。店内のBGMは無く、人々の話す声や笑い声がなんとも穏やかでのんびりした時間を作り出していた。片や、新宿や渋谷の喧噪(無節操に鳴り響くBGMや宣伝ナレーション、爆音を撒き散らして走るホストクラブの宣伝カーなど)は、それ自体が文化と言えなくも無いが、その音環境のあまりの違いに絶句する。
スペイン郊外のセゴビアに滞在した数日間はまるで違う星に来たかのような感覚になった。それは木々のざわめき、鳥のさえずり、自分の話す声までもが石造りの建物に反響してなんとも耳に心地よいからだった。街中の道が石畳だから靴音さえ音楽に聞こえる。石畳に刻まれた馬車のものと思われる轍(わだち)を見て、その時響いたであろう音を想像して楽しんだ。

この残響音・反射音は音楽においても非常に重要な要素であることは言うまでも無いが、古くから木造建築が主流だった日本人の耳とヨーロッパ人のそれとはやはりその感覚に大きな違いがあるのではないか、と考えてしまう。

ECMの作品を聴いていると、もちろんその多彩なラインナップを一括りにはできないものの、ある種の統一されたサウンドカラーがあり、その最も大きな要素がこの残響音(リバーブ)の作り方だと私は思う。録った音に単に機械でリバーブをつければ良い、といった発想ではそもそもなく、その空間に響く残響音含めて楽器の音色と捉えないと決してああいうサウンドにはならないだろう。サウンド・エンジニアリングの世界では基本中の基本であるセオリーではあるが、それを70年代からこのレベルでこの解像度で世に送り出してきたことは、その音楽的クオリティーの高さと相まって世界中の音楽ファンの耳を釘付けにし続けた一因であると確信する。

響きの中で生活する人々だからこそ余分な響きにうるさいのだろう、ECM音楽は決してリバーブ漬けではなく、よく聴かないとそれと分からないほど上品なものが多い。同社がコンセプトとする「The Most Beautiful Sound Next to Silence(静寂の次に美しいサウンド)」が示す通り、知性に裏付けされた最上のサウンドが、強烈な個性を放つレーベル・アーティストの音楽のエッセンスを余すところなく伝えてきたと言えるのではないか。

私が学生時代にキース・ジャレットの世界に取り憑かれたのも、そんなECMの芸術的コンセプトに共感し、憧れたからでもあり、また、あの独特のジャケット・アートの美しさは無垢な青年の崇拝の念にとどめを刺したのであった。
音楽的にはヤン・ガルバレクは欧州(ノルウェー)出身なので当然として、アメリカのジャズ・ミュージシャンの中でも、パット・メセニー、チック・コリア、ゲイリー・バートン、ジャック・ディジョネット、ゲイリー・ピーコック、デイヴ・ホランド、ピーター・アースキンといったECMアーティストには共通する「香り」があって、それはヨーロッパにおけるクラシック音楽の響き(和声。または静寂との対比といった概念)の影響が強いことだと私は勝手に思っている。「前世パリジャン」を自認する私としてはちょっと放っておけない事象なのだ。

前置きが長くなってしまって恐縮だが、私の選んだ1枚はキース・ジャレットの「マイ・ソング」。

藝大作曲科の学生だった私は本職の(現代音楽の)作曲が全くできず完全な引きこもりの超劣等生だった。一方でトランペッターの五十嵐一生氏やギタリストの三好”3吉”功郎氏らと連んで連日のように新宿ピットインの「朝の部」などで演奏しては音楽について語り、漠然とした将来への不安を酒で洗い流すような生活を送っていた。
そんなある日、爆音のエレクトリックなセッションを終えた僕らは真夜中に五十嵐氏のアパートへ行き一息つくと、おもむろに彼は1枚のレコードをかけてくれた。それが『マイ・ソング』だった。

針を落とすノイズの後に聞こえてきたのは、なんとも優しい、それでいて芯のある、演奏者がすぐそこで会話しているように有機的な、まさに「本物の音楽」であり、疲れた脳に直接、温感湿布を貼ったような衝撃と心地よさを感じたのだった。無言で聴き入り、しばらく感動で動けなくなってしまった。
ミュージシャン志望の当時の自分からすれば、その音楽は手の届きようのない異次元の素晴らしい芸術だった。であるにも拘わらず、なにかフワッと自分を包み込んでくれるような圧倒的な優しさがあり、行くべき道を示してくれているように感じた。それ以来、行き詰まった時には必ず聴くようになる。

アルバムには「Mandala」のように一聴するとフリー・ジャズの難解な世界観を提示する曲もあり、決して聴きやすいヒット作を目指した訳では無いことが分かる。しかしどの瞬間にも聴く者を置き去りにすることのない、大きな音楽への愛が感じられ、それが故にこのアルバムが時代を超え愛されているのだろう。
難解であること、奇抜であること、そのトピックに頼るのではなく、それを遙かに上回る圧倒的な音楽への愛情が必要なのだ。このことはアルバム『マイ・ソング』から学んだ、自分自身が音楽をする上で最も大事にしたいことであり、永遠の目標でもある。僭越ながら少しでもその境地に近づけていけるように音楽を作り続けたい。


©Roberto Masotti / Lelli e Masotti Archivio

ECM 1115

Keith Jarrett (Piano, Percussion)
Jan Garbarek (Tenor & Soprano Saxophones)
Palle Danielsson (Bass)
Jon Christensen (Drums)

Questar
My Song
Tabarka
Country
Mandala
The Journey Home

Compositions by Keith Jarrett
Recorded November 1977, Talent Studio, Oslo
Engineer: Jan Erik Kongshaug


塩谷 哲 しおのやさとる – ピアニスト/作・編曲家/プロデューサー/国立音楽大学准教授
東京藝術大学作曲科出身。在学中より10年に渡りオルケスタ・デ・ラ・ルスのピアニストとして活動(1993年国連平和賞受賞、1995年米グラミー賞ノミネート)、並行してソロアーティストとして現在まで12枚のオリジナルアルバムを発表する。自身のグループの他、小曽根真(p)との共演、佐藤竹善(vo)との”SALT & SUGAR”や上妻宏光(三味線)との”AGA-SHIO”の活動、リチャード・ストルツマン(cl)、渡辺貞夫(sax)、村治佳織(g)、古澤巌(vn)ほか多数のコラボレート、Bunkamuraオーチャードホール主催のコンサートシリーズ「COOL CLASSICS」(1999年~2001年)のプロデュース、オーケストラとの共演 (2017年大阪交響楽団、2017、18年NHK交響楽団)等、活動のジャンル・形態は多岐に渡る。近年は絢香のサウンドプロデュースに参加。メディアではNHK「名曲アルバム」にオーケストラ・アレンジを提供する他、NHK Eテレ『趣味Do楽“塩谷哲のリズムでピアノ”』(2014年)、フジテレビ系ドラマ『無痛-診える眼-』(2015年)、NHK Eテレ音楽パペットバラエティー番組『コレナンデ商会』(2016年~2022年)の音楽を担当。2023年にデビュー30周年を迎え、7月29日(土)さいたまRaiBoC Hallで「塩谷 哲 デビュー30周年 塩谷 哲×東京フィルハーモニー交響楽団」コンサートを開催する。(敬称略) 公式ウェブサイト earthbeat-salt.com

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