#1596 『George Lewis & Roscoe Mitchell / Voyage and Homecoming』

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text by Keita Konda 根田恵多

RogueArt ‎– ROG-0086

Roscoe Mitchell – sopranino(1), alto(2) and soprano(3) saxophones
George Lewis – laptop(1), trombone(2, 3)
Voyager – interactive computer pianist(2)

1. Quanta (21:45)
2. Voyager (25:06 )
3. Homecoming (9:02)

Recorded live by Arne Vierck at CTM Festival on February 2nd 2018 at HAU Hebbel am Ufer, Berlin, Germany
Mixing: Tom Hamilton
Mastering: Jean-Pierre Bouquet, L’Autre Studio, Vaires-sur-Marne, France
Liner notes: Paul Steinbeck
Photographs: Isla Kriss
Cover design: Max Schoendorff
Cover realization: David Bourguignon
Executive producer: Michel Dorbon

 

異色のトリオだ。サックスのロスコー・ミッチェル、ラップトップ&トロンボーンのジョージ・ルイス、そして「インタラクティブ・コンピュータ・ピアニスト」のヴォイジャー。

伝説的バンド、アート・アンサンブル・オブ・シカゴの創設者であるロスコー・ミッチェルは、80歳近くなった現在も驚くほど精力的に活動を展開している。クレイグ・テイボーンやタイショーン・ソーリーといった最前線のミュージシャンたちとの共演作をリリースし続けているほか、名門ミルズ・カレッジの教授として、即興や作曲についての教育活動も続けている。

ジョージ・ルイスもコロンビア大学の教授を務めており、その教え子にはスティーヴ・リーマンや先述のタイショーン・ソーリーなどがいる。AACM(創造的音楽家たちの進歩のための協会)スクール出身で、主にフリージャズや即興演奏のシーンでトロンボーン奏者として頭角を現したルイスだが、早くから電子音楽やコンピュータ・ミュージックに取り組んできたことでも知られている。

そのルイスが開発したコンピュータ・プログラムが、ヴォイジャーだ。人間が行う即興演奏をリアルタイムで分析し、それに反応して自動で作曲・即興を行うこのプログラムを、ルイスは「バーチャル即興オーケストラ」と呼んでいる。2000年に発表されたルイスの論文(Too Many Notes: Complexity and Culture in Voyager, Leonardo Music Journal, Volume 10, pp. 33-39)によれば、ヴォイジャーはルイス自身のAACMでの経験、多楽器主義multi-instrumentalism、黒人音楽の伝統などを基にプログラムされており、「(ヴォイジャーと共演する)音楽家の演奏に対する複雑な反応と、自身の内的なプロセスから生じる独立した行動の両方を生み出す」ことができる。このヴォイジャーは、1980年代後半に開発されて以来、ダグラス・エワート、エヴァン・パーカー、三宅榛名など、世界中の即興演奏家たちと共演を重ねている。

本作『Voyage and Homecoming』は、ドイツで毎冬行われている電子音楽・実験音楽の祭典CTMフェスティバルにおける「3人」の邂逅の記録である。1曲目はミッチェルのソプラニーノとルイスのラップトップのデュオ。2曲目はミッチェルのアルト、ルイスのトロンボーン、ヴォイジャーのピアノのトリオ。3曲目はミッチェルのソプラノサックスとルイスのトロンボーンのデュオ。観客の盛大な拍手で迎えられた「3人」の演奏は、約1時間、聴く者の耳と脳を大いに惑わし、再び盛大な拍手で幕を閉じる。

この「3人」の共演は、本作が初めてというわけではない。ジョン・ゾーンがディスクユニオンとともに設立したレーベルAvantからリリースされた『Voyager』(1993年)でも聴くことができる。

 

 

『Voyager』でヴォイジャーが発していたのは、ややチープに感じられる電子音だった。しかし、『Voyage and Homecoming』のヴォイジャーは、ピアノというアコースティック楽器を演奏している。この「使用楽器」の変化がもたらしたのは、ロスコー・ミッチェルの異質さが一層際立つ、という実に興味深い結果だ。

 

 

SF音楽家・吉田隆一がツイートしているように、ロスコー・ミッチェルのサックス演奏は謎に満ちている。何がどうしてそうなったのか、何を考えてそのような音を出しているのか、理解に苦しむことも少なくない。循環呼吸を駆使して執拗に繰り返される呪術的なフレーズ、キーキーという金属をこするような珍妙な音色、共演者に反応しているのか無視しているのか分からない展開(そもそも「展開」しているのか?それはいかなる意味で?)。頭に「?」がたくさん浮かぶのだが、ミッチェルが唯一無二の世界を作り上げていることは確かであり、聴く者を圧倒する正体不明の凄みがある。

それに対し、本作のヴォイジャーのピアノ演奏は、そうと知らなければコンピュータ・プログラムが生成しているものとは気づかないのではないかと思うほどの「自然な即興」に聴こえる。ミッチェルやルイスの発する音に反応しながら、極めて理知的に自らの演奏を組み立てているように感じられる。

ルイスは、先述の論文の中で「ヴォイジャーは、私たちの創造性と知性がどこにあるのかを問う」と記している。ヴォイジャーと「生身」の音楽家の共演を聴くとき、我々は自らの内にある「音楽」や「作曲/即興」についての考えを振り返らざるを得なくなるだろう。それだけではない。そこでヴォイジャーと対峙している音楽家の個性に、否が応でも耳が向いてしまうのだ。

本作以前にルイスとミッチェルがピアニストと共演した作品に、ルイスの師であり、AACMの創立者であるムハール・リチャード・エイブラムスとの傑作『Streaming』(2006年 Pi Recordings)がある。同じ編成の両作品を、ぜひじっくりと聴き比べてみて欲しい。きっと何かが見えてくるはずだ。何かは分からないが、何かが。

 

 

 

 

アバター

根田 恵多

根田恵多 Keita Konda 1989年生まれ。都内の大学で助手を務める。専門はアメリカ憲法、とくに政教分離、精神的自由権。主な著作に『教職課程のための憲法入門〔第2版〕』(共著、弘文堂、2019年)など。ただのジャズファン。ブログ http://zu-ja.hatenablog.com/

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