#1610 『Marshall Allen, Danny Ray Thompson, Jamie Saft, Trevor Dunn, Balazs Pandi, Roswell Rudd / Ceremonial Healing』
Text by 剛田武 Takeshi Goda
LP : Rare Noise Records RNR107LP
Marshall Allen – as, EWI
Danny Ray Thompson – bs, perc
Roswell Rudd – tb
Jamie Saft – Fender Rhodes, synth, org, Mellotron
Trevor Dunn – b
Balazs Pandi – ds
A1. Loa
A2. Spells
B1. Calumet
C1. Sacred Authority
C2. The Summoning
D1. Honoring The Healing Spirits
E1. Inhale
E2. Rapid Transformation
F1. Goma
F2. Amulet
Recorded and Mixed by Jamie Saft at Potterville International Sound
Mastered by Vin Cin at Electric Plant Studios
Produced by Jamie Saft and Balazs Pandi
Executive Producer for RareNoiseRecords: Giacomo Bruzzo
All Photos by Jamie Saft
Design by Graham Schreiner
All compositions written by Marshall Allen, Danny Ray Thompson, Jamie Saft, Trevor Dunn, Balazs Pandi except “The Summoning,” “Honoring the Healing Spiritis,” and “Rapid Transformation” by Marshall Allen, Danny Ray Thompson, Jamie Saft, Trevor Dunn, Balazs Pandi, and Roswell Rudd.
All compositions published by RareNoisePublishing (PRS)
Special Thanks to Verna Gillis, The Starlite Motel, Noli Lymberopoulos
音楽の自由を祝福する即興ジャズ・セクステットの塩ビ盤。
今やレコード業界の一大イベントとなったRecord Store Day(以下RSD)は、各音楽ジャンルの新旧取混ぜた数多くの音源がアナログレコードで新譜としてリリースされ、普段ストリーミングでしか音楽を聴かない若者から筋金入りの音楽マニアまで、多くの音楽ファンでレコード店が賑わう一日である。週に数回中古レコード店でエサ箱(レコード陳列ケース)をチェックすることを日課としている筆者のようなレコード・ヲタクにとっては、「毎日がレコードストアデイ」のようなものなので、数年前までRSDの盛況ぶりを冷めた目で見ていたのだが、「限定盤」「レア音源」「スペシャルパッケージ」といった煽り文句にからきし弱いヲタク気質ゆえ、我慢できず誘惑に身を任せて、ワクワクしながらRSDにレコ屋に足を運ぶようになった。物心ついた頃から中古レコード漁りに精を出した筆者にとっては、未開封新品のレコードを購入すること自体が新鮮であり、他人の手が触れていないレコード盤をジャケットから取り出しターンテーブルに乗せる行為は筆下ろしに似た神聖な儀式なのである。
そんな筆者にとって、今年のRSDの最大の収穫が本作品であった。サン・ラ・アーケストラの総帥マーシャル・アレン(reeds, 94歳)と参謀ダニー・レイ・トンプソン(reeds, 71歳)のふたりのマルチ・リード奏者と故ラズウェル・ラッド(tb, 82歳没)というベテラン3人と、NY即興シーンの実力派ジェイミー・サフト(p, 48歳)、ロックバンドのメルヴィンズにも参加するトレヴァー・ダン(b, 51歳)、ハンガリー出身のバラーシュ・パンディ(ds, 35歳)という若い世代のミュージシャンからなるセクステットにより、2016年ニューヨークで3日間かけてレコーディングされた音源が、12インチ45回転レッド・ヴァイナル3枚に収録され、厚紙折り畳みジャケットに収納されたアルバムである。
常に“サン・ラ・アーケストラの”という枕詞で語られがちなマーシャル・アレンだが、キャリア的にも実力的にもひとりの音楽家として評価されるべきだと常々思っている。アーケストラにしてもアレンが引き継いでから既に四半世紀が経ち、もはやサン・ラ以上にアレン自身の思想が活動の支柱になっていることは間違いない。アレン独特のエキセントリックなアルトとEWI(ウィンド・シンセ)の宇宙的なサウンドが堪能できる本作に於いても、セッションの中心にいるのはアレンである。しかし、すべてを支配するような圧倒的な存在感を持つ、いわば中央集権的なサン・ラと異なり、アレンの存在はより地方分権的であり、個々のプレイヤーの演奏や意志をコントロールしようとはしない。自由奔放、言い方を変えればユルい演奏精神がこの音盤に漲っている。方向を定めず四方八方に彷徨う演奏家が、徐々に絡み合いながら相互に世界を拡張していく様は、グローバル化が進む世界の理想的な在り方を示唆しているといえないだろうか。アルバート・アイラーの『Music Is the Healing Force of the Universe』にリンクする『Ceremonial Healing(儀式的な癒し)』というタイトルに政治的な思想が籠められている訳ではないだろう。しかし、サン・ラからマーシャル・アレンが継承し、活動の根本概念として提唱する“音楽の自由”は、現実世界との接点無しには獲得し得ないことも確かである。
音楽演奏、特に即興演奏を鑑賞する為には、実演会場に赴き、演奏家の生演奏を自らの五感で受容することが最もリアルであることは確かだろう。しかし現実世界に生きる中で経験する出来事や知る情報は、すべてがリアルに得られる訳ではない。伝聞、書物、映画、テレビ、ラジオ、ネットなど様々なメディアからもたらされるヴァーチャル体験の方が多いほどだ。音楽を体験するためにも、レコード、CD、デジタルダウンロード、ストリーミング等様々な方法が在るが、レコード盤というフェティッシュなオブジェに魅惑される筆者にとっては、アートワークや盤色に工夫を凝らした本作の様なコレクタブルな意匠こそ、ヴァーチャルリアリズムの極意なのである。
マーシャル・アレンたちの宇宙規模の自由な音楽が、たった30センチのレコード盤をターンテーブルに乗せるささやかな儀式を通じて我々の現実世界と繋がる。これこそ真の癒しであり祝福である。(2019年5月4日記)