#2213『ミシェル・ルグラン・リイマジンド』
text by Takashi Tannaka 淡中隆史
2022年10月28日 発売予定
UCCL-1235
01.チャド・ローソン (Chad Lawson)
風のささやき [映画『華麗なる賭け』(1968)より]
02.チリー・ゴンザレス (Chilly Gonzales)
おもいでの夏 [映画『おもいでの夏』(1970)より]
03.ランバート (Lambert)
シェルブールの雨傘 [映画『シェルブールの雨傘』(1964)より]
04.小瀬村晶 (Akira Kosemura)
いつもいつも [映画『ロシュフォールの恋人たち』(1967)より]
05.ルカ・ダルベルト (Luca D’Alberto)
黄昏のクレオ [映画『5時から7時までのクレオ』(1962)より]
06.ステファン・モッキオ(Stephan Moccio)
ブライアンズ・ソング [映画『ブライアンズ・ソング』(1971)より]
07.エリオット・ジャック (Elliott Jacqués)
パパ、見守って下さい [映画『愛のイエントル』(1983)より]
08.アルバン・クラウディン(Alban Claudin)
ロバと王女 [映画『ロバと王女』(1970)より]
09.ムー (Moux)
君に捧げるメロディ [映画『ロバと王女』(1970)より]
10.ジョセフ・スキアノ・ディ・ロンボ (Joseph Schiano di Lombo)
双子姉妹の歌 [映画『ロシュフォールの恋人たち』(1967)より]
ミシェル・ルグラン (1932~2019) へのトリビュート・プロジェクト。
10セットの音楽家たちに「自らの心の声に耳を傾け、ルグランの作品を選び、他にない新たな解釈をする」というコンセプトが設定された。
『シェルブールの雨傘』(ジャック・ドゥミ 1964)から『愛のイエントル』(バーブラ・ストライサンド 1983)まで、ヌーヴェル・バーグからハリウッドまでの時代、映画音楽のあたらしい世界を創ったルグラン作品10曲が選ばれた。それはイマジネーションへのキーワード、パスワードであり、源泉ともなっている。
すでに多くのルグラン・アルバムがあって、これからも作られていくはず。それらの中、『ミシェル・ルグラン・リイマジンド』はひときわ特異なアプローチとして残ると思う。
2019年、生前のルグランにこのアルバムの参加者リストを見せたら何といっただろうか。「ひとりも知らないよ」と答えたかもしれない。それもそのはず、音楽家たちは30才〜40才代の若手中心、彼にとっての孫世代までを含む。リアルタイムでルグラン・ミュージックを経験していない世代だ。
とりとめなくキュレートされたようにみえる異色の10人に、はっきりした共通点がある。ヨーロッパ生まれでも、アメリカ人、カナダ人、日本人であってもその活動はどこかでヨーロッパにひもづいている。そして、東方の血もひくフランス人ルグラン独特の磁力に引きよせられているようだ。
他方、こんな音楽家たちを知ることは、エリック・サティがベル・エポック期にモンマルトルで撒いたタネに始まる「ひそやかな音楽」を想うことにつながる。
“Música Callada” (1959~67) のフェデリコ・モンポウ、1980年代のパスカル・コムラード、『ソロ・ピアノ』(2004) の(チリー・)ゴンザレスたちをへて、その先への流れにおもいをはせる。それは「ひそやかな流れ」であっても、フランス、スペイン、カタロニア、イタリアなどラテン系ヨーロッパの屋根裏部屋やサロンにひきつがれた密室の鍵盤音楽に潜む希妙な精神の系譜をひも解くことだ。その遥か彼方にミシェル・ルグランの姿が見えてくる。
アコースティック・ピアノとエレクトロニカは織り合わされて最小化される。テーマは提示されても変奏曲やジャズのように外にむかって展開されることはない。小瀬村晶の『いつもいつも』で、束の間の音楽はためらいながらくりかえされ、投げだされるように終わる。そして、豊かな余韻が心に残る。クラシック、ジャズ、ニューエイジ・ミュージックなど表舞台のピアノ・ミュージックのレトリックと対極にある方法だ。
3人の音楽家のプロフィールを覗いてみよう。
チリー・ゴンザレス (Chilly Gonzales) (50 カナダ)
カナダのフランス語圏、ケベック州で育ち 1999年よりヨーロッパで活動。2004年ジェーン・バーキンのアルバム『ランデヴー』に参加、スタジオで遊びに弾いたピアノを聴きつけたプロデューサーの手で初のアルバム、『ソロ・ピアノ』(2004)がつくられた。ピッチの緩んだアップライト・ピアノでの静かで、不思議なユーモアに満ちた音楽は国際的に注目され、日本でも「ゴンザレス」の名で知られた。その後キャリアを変転、パリ〜ケルンを拠点にシンガー・ソングライター、映画音楽作曲家、キーボード奏者、そしてラッパーにも大転身。2018年、映画「黙ってピアノを弾いてくれ」で破天荒なキャラクターとして帰ってきた。
小瀬村晶 (Akira Kosemura)(37 日本)
1985年東京生まれ。国際的なストリーミングの「ポスト・クラシカル」ジャンルで最も再生されるアーティストの1人。2007年にソロ・アルバム『It’s On Everything』をオーストラリアのレーベルより発表。その後、自身のレーベルSchole Recordsを立ち上げる。ソロ・アルバムをリリースしながら映画やテレビドラマ、ゲーム、舞台、ファッション・ブランド、CM音楽の分野で活動。スコア作品として映画『朝が来る』、ハリウッド制作のドラマ『Love Is』への音楽、ミラノ万博の日本館展示作品など。アメリカ、フランス映画などでの楽曲使用も数多い。
ルカ・ダルベルト (Luca D’Alberto) (39 イタリア)
1983年イタリアのテラモ生まれ。クレモナ、ミラノの音楽院で学び、バイオリニストとしてイタリア各地のオーケストラのメンバーとして演奏。後にクラシックからエレクトリック・ミュージック、ロックに転身。弦楽器、ギター、キーボードなどのマルチプレイヤーとしてアレンジと作曲、エレクトロニカ作品を中心に活動する。2004年からはロックバンドへの参加に始まり、ドイツのコンテンポラリー・ダンサー、振付のピナ・バウシュとの共同作品、ルイ・ヴィトンへの音楽提供ほか。バレエ、映画、映像、ファッションなど多岐にわたる音楽活動を展開している。
(3人の年齢は2022年9月時点)
そろいもそろって音楽の多様性と転身の連続でできた個人史が浮かぶ。
音楽院で学び、コンクールや著名ミュージシャンとの共演で認められ、レコードのリリースとツアーに明け暮れながらキャリアを重ねる、といったタイプはすでに少数派だ。配信の再生回数やチャンネル登録者数が「きかれ方」の基準値。映像やファッションなど多岐なジャンルへの道を自ら切りひらき、国際的フィールドで仕事をする。
などと、私が書いているのは手元に情報があってのこと。
それならば、未来の自分が偶然『ミシェル・ルグラン・リイマジンド』と出会うシーンを妄想したほうがおもしろい。
とある日、カフェでかすかに流れるこの音楽に出会った私は「すごい、いったいだれなんだ」と有頂天になってしまうだろう。そのうちにミシェル・ルグランがテーマらしいことがわかる。どのテイクも個性的だけれど、ひとつの美学に統一されている。アコースティック・ピアノだけではなく、他の楽器やエレクトリックも加わっている。いつの間にか楽器の違いなど忘れて、ふしぎな世界に耳を澄ます。
さっそく「配信あるかな」とスマホで調べる。(がんばれ、未来の私!)そのうち、なんとかこのアルバムの存在を発見。なぜだか「ひとりが弾いている」と勘違いしていた私は、「おーっ、CDある。しかも10人もミュージシャンがいたんだ」と2度おどろくことになる(だろう)。
制作者がことさらにポスト・レコード世代を集めて「レコード」なるものをつくる。
すると、10人の鍵盤音楽家たちは出会ったことのない、未知のルグランをそれぞれ「想いだして」リ・イマジンする。
ときのながれを越えた状況設定そのものがユニークなのだ。