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Concerts/Live ShowsNo. 325

#1361 50周年『The Köln Concert』全曲演奏会

text by Shinobu Yamada 山田詩乃武

3月14日(金)19:00
霞町音楽堂
山口ちなみ (pf)


表題の演奏会は本年2025年1月25日、東京西麻布の霞町音楽堂で開催された。

『The Köln Concert』はジャズおよびクラシック音楽のピアニスト、キース・ジャレットが1975年1月にドイツのケルン・オペラ劇場で完全即興演奏のソロ・コンサートを録音したアルバムでECMレーベルにより発売され400万枚以上のセールスを記録しているジャズ史上画期的な名盤。リリースされてから3年後、大学受験で上京した頃、兄が買ってきたこのアルバムを聴いた時の衝撃は今も記憶に新しい。爾来、今日に至るまで愛聴し生涯聴き続けるアルバムのひとつとなっている。

演奏は「楽譜があれば何でも再現できる」という新進気鋭のクラシックジャンルのピアニスト山口ちなみ。聴衆の中には感動して涙を流す者もいたという。演奏した本人も最後は感極まって号泣したと本人が話している。

この初回の演奏会が開催されることは全く知らなかった。私が熱烈なキース・ジャレットの愛聴者であることを知っている妻から3月14日に追加公演が開催される案内を知らされた。即座に演奏会の主催者に電話をして予約をした。

開場は午後6時。霞町音楽堂は行ったことがないので早めに向かった。会場の入口に到着したのは午後5時過ぎだったがすでに男性がひとり来ていた。会場にはまだ入れない。日が落ち、3月半ばはまだまだ寒い。しばらくすると、あっという間に後ろは長蛇の列になっていた。時間どおり地下の会場に入ると、100席ほどの椅子が整然と並べられていた。前列2列目中央の椅子に席を取る。会場は満席になり後方では立見の人もいた。ステージ上にはブラウンのクラシック・スタインウェイがライトに照らされている。

開演時間午後7時になったが、まだ奏者の姿はない。数分後にロング・ドレスを身に纏った長身の女性が iPad を携えて現れると場内は静まりかえり全員の視線はステージ上の山口ちなみに注がれた。様相は完全にクラシックのリサイタルである。無言で観客に向かって一礼しピアノに向かって静かに鍵盤を打ち始めた。耳慣れたケルン・コンサートのパートIの音色が鼓膜を揺らす。パートIIa含め40分ほど一気呵成に譜面を睨みスタインウェイを鳴らす。演奏が終わると無言のまま一礼するとステージから去って行った。10分間の休憩のアナウンスが流れる。

休憩時間の間、眼を閉じて終わったばかりの演奏を頭の中で反芻する。確かに生演奏ならではの軀全体で演奏を享受する醍醐味はあった。しかし、オリジナルを何百回も聴いてきた者からすると、iPad を凝視し続けながら奏でる山口の音には緊張と硬さとともに些かの違和感を感じた。

休憩時間の後、再びステージに姿を現すと無言のまま軽く一礼しピアノに向かいパートIIbを奏でる。アルバムの中では最も好きなパートで演奏時間は20分弱である。さすがに、演奏が始まると聴き入ってしまった。身体が自ずとリズムを取っていた。演奏も興に入っているように感じる。休憩前の演奏より幾分硬さが消え、この曲に由るのかもしれないが演奏する本人も滓がとれたように活き活きと弾いているように感じた。演奏が終わると、立ち上がりマイクを握ると、初めて言葉を発して挨拶をした。話し終えると再びピアノに向かい最後のパートIIcの演奏が始まった。このパートは比較的時間も短いので譜面をほぼ見ずに演奏しているように映った。

初めて生演奏による今回のケルン・コンサートを観賞した感想の総括としてはやはり生演奏は素直にいいものだ、と思った。ただし、キース・ジャレット自身が監修したとはいえ、1時間弱の完全即興曲を譜面を基にオリジナルと同じように演奏することには無理があるのは当然である。山口自身が挨拶で述べたようにこれからもまだまだ研究・研鑽を積んで自分のものにしていきたい、と述べたとおりでいいと思う。

演奏会の後、山口本人と話す機会があった。

生れるとうの昔に発表されたケルン・コンサートを聴いたことはなく、昨年2024年9月、クラシック・ソムリエの田中泰氏からケルン・コンサートを弾いてみないか、と打診があり「譜面があれば弾きます」と軽く応えたのが始まりだという。それから、2025年1月がアルバム誕生50年になることから1月に公演開催が決まり、半年間猛練習をし何とか公演に間に合わせたそうだ。

今後ともさらなる研鑽を積むと同時に演奏のテクニックのみならずケルン・コンサートという音楽史に残る傑作とキース・ジャレット両方の通奏低音ともいうべき哲学あるいは美学も学びとって「山口ちなみのケルン・コンサート」を確立してもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

山口 ちなみ (ピアノ)

和歌山県新宮市出身。大阪芸術大学演奏学科を首席卒業。学長賞受賞。武蔵野音楽大学大学院博士前期課程器楽専攻ヴィルトゥオーソコース修了。
在学中にソリストオーディションに合格し、武蔵野音楽大学管弦楽団と国内及びドイツにてベートーヴェンの協奏曲第3番を演奏。
読売新人演奏会、関西新人演奏会、若い音楽家達の飛翔、むさしのフレッシュコンサート、和歌山県新人演奏会等に出演。
第9回かがりの里音楽コンクール第1位、第21回日本クラシック音楽コンクール第5位(1~3位なし)、第14回北関東ピアノコンクール第1位受賞。ピアノを丹羽節、中村勝樹、重松聡、伴奏法を三ッ石潤司、室内楽をC.ドルの各氏に師事。
マスタークラスなどでケマル・ゲキチ、ホルヘ・ルイス・プラッツ、ジョン・ダムガードの各氏に指導を受ける。
2017年12月には紀尾井ホール、2018年1月には東京文化会館小ホールにてリサイタルを行う。
また、室内楽ではチェリストの古川展生、ヴァイオリニストの枝並千花、アイシャ・シエド、読売日本交響楽団のメンバーによるカルテット、二胡奏者の許可の各氏と共演。


山田 詩乃武(やまだ しのぶ 歌人・文筆家・佐渡郷土史研究家)

新潟県 佐渡島 真野新町 生  新潟県立佐渡高校・青山学院大学 経営学部第Ⅰ部 出身
元農林水産省補助事業 6 次産業化中央サポートセンター プランナー
株式会社デリス建築研究所 顧問
キャピタル・クリーン・パートナーズ(CCP)株式会社 取締役顧問
アルバネクス株式会社執行役員副社⾧
一般社団法人 環境自然保護協議会 (ENPA) 理事
一般社団法人日本防衛問題研究所理事
認定プライバシーコンサルタント
元 新潟県 食の安全・安心審議会 委員
元 佐渡市 個人情報保護制度審議会 委員産業創造機構(NICO) 個人情報保護専門アドバイザー
連合新潟佐渡支部「ライフ・サポート・センター」 相談員
ISO 9001 QMS(品質管理システム) 審査員
元 新潟県立羽茂高校 英語講師

【著&主な講演】
・2005 年 新潟日報朝刊 『個人情報は自ら守れ』
・2005 年 新潟日報朝刊 〈私の視点〉:『個人情報の保護体制構築を』
・2005 年 「行動人」(株式会社ジェック)特集『個人情報保護体制構築・実践編』
・2016 年 「佐渡 郷土文化」『蒋介石の密使 繆斌と佐渡の幻翳』
・2019 年 「佐渡 郷土文化」『「「海鳴」の著者、津村節子先生に拝芝の機を得る』
・2019 年 「佐渡 郷土文化」『佐渡 北のさい果て ~願「賽の河原」へ』
・2020 年 「佐渡 郷土文化」『二・二六事件の遺族会「仏心会」法要に参列して』
・2021年 「佐渡 郷土文化」『魂だけでも母の腕に―山本三男三郎帝国陸軍大尉のこと―』
・2021 年 『順徳天皇 ― 御製で辿る、その凛烈たる生涯 ―』(PHP)
・2022 年 月刊「日本」3 月号『二宮神社本殿全焼に思う』
・2022 年 月刊「日本」4 月号『順徳天皇の美意識』
・2022 年 一水会主催講演会『順徳天皇と北一輝「配所の月」に見る佐渡の幻翳』
・2023 年 「佐渡の世阿弥 ― 『金島書』を中心に — 」GINZA SIX 観世能楽堂
・2024年 佐渡高校同窓会誌 「順徳天皇と『源氏物語』の空間」
・2025年 月刊「日本」4 月号『和歌の鬼才 — 京極為兼と佐渡』他 多数
・2025年 小説『憂き世をば ― 順徳天皇物語 ―』上梓予定

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