#2023 『Tigran Hamasyan / The Call Within』
『ティグラン・ハマシアン / ザ・コール・ウィズイン』

閲覧回数 9,574 回

Text by Hideo Kanno 神野秀雄

『Tigran Hamasyan / The Call Within』
『ティグラン・ハマシアン / The Call Within』

1. Levitation 21
2. Our Film
3. Ara Resurrected
4. At a Post-Historic Seashore
5. Space of Your Existence
6. The Dream Voyager
7. Old Maps
8. VortԷx
9. 37 Newlyweds
10. New Maps

Tigran Hamasyan: Piano, Voices, Keyboards, Synthesizer, Electronic Drums, Drum Programming, Whistle
Evan Marien: Bass
Arthur Hnatek: Drums

Tosin Abasi: Guitar
Artyom Manukyan: Cello
Areni Agbabian: Vocal
Beth & Steve Wood: Background Vocals
Ruzanna Shahparonyan: Conductor
Varduhi Art School Children’s Choir: Choir

Produced by Tigran Hamasyan
(“Our Film” Produced by Mesrop Sarkisyan and Tigran Hamasyan)
Executive production by Robert Hurwitz and Tigran Hamasyan

Nonesuch Records
輸入元 ワーナー・ミュージック・ジャパン
2020年8月28日リリース

アルメニア出身の鬼才ピアニストが、自身の夢のような内面世界を探求する旅へ

最近、ミュージシャンたちと話していて「あれはとんでもなく凄い!!」「魂を持っていかれた!!」とよく話題に上がるのが、アルメニア出身、ニューヨーク在住のピアニスト・作曲家のティグラン・ハマシアン。その素晴らしさを認め、圧倒されながらも、そのテクニックにも世界観にも近づくこと自体が難しい手強い存在だ。ニューヨークを拠点に世界で活躍する作曲家の挾間美帆も国立音楽大学作曲専修のワークショップ(2018年5月)でティグランの曲の解説を行い、さらにニューヨークに住む理由に「人間業とは思えない複雑限りない変拍子に基づいた彼らのような演奏に気軽に触れることのできる場であること」を挙げたほど、音楽の最先端にいる。とはいえ、国内盤がプレスされないからその影響力は日本では限定的に留まるのだろうか。ぜひ多くの方にティグランを聴いて影響を受けてもらえたらと願っている。

アルメニアは黒海とカスピ海の間、トルコ、ジョージア、アゼルバイジャン、イラクに挟まれた高地にある小国。旧約聖書の「ノアの方舟」が漂着したと言われるアララット山を望み、紛争も起こりがちな地域だが、音楽では古くから不思議な存在感を放ち、たとえば ECM でも早くからアルメニア系の名前が散見されてきた。ティグランは、1987年7月にトルコ国境近くの都市ギュムリに、宝石商を父に、服飾デザイナーを母に生まれた。父の持っていたレッド・ツェッペリン、ブラック・サバス、ディープ・パープル、クイーンなどを聴いて育ち、3歳頃、ピアノで簡単なメロディーを弾くようになり、ピアノレッスンを受け始める。10歳でジャズに目覚め、2003年に「モントルー・ジャズ・フェスティバル・ピアノ・コンペティション」で優勝、2005年に17歳でデビューアルバム『World Passion』をリリース。2006年「セロニアス・モンク・コンペティション」で優勝し注目を浴びる。

最近ではピアノトリオでのデスメタル的アルバム『Mockroot』(Nonesuch)、5世紀から現代までアルメニア宗教音楽を編曲し合唱とともに探検する『Luys i Luso』(ECM2447)、ノルウェーのヤン・バングらと共演した『ATMOSPHÈRES』(ECM2414/15)、2017年のピアノソロ『An Ancient Observer/太古の観察者』、2018年『For Gyumri』(以上Nonesuch)とプロジェクトごとに大きく形を変えるが、そこにはぶれない一貫した音楽がある。基本的にはNonesuchと契約していて、内容によりECMなど他から出すこともよしとされているらしい。最近ではオダギリジョー監督の映画『ある船頭の話』の⾳楽を担当したことでも話題に。2017年5月に来日しピアノソロ・コンサートを、2018年9月には、「TOKYO JAZZ 2018」でのトリオ演奏と、ソロピアノ・ツアーを行った。「Tokyo Jazz +plus 2020」では<Someday My Prince will Come>を自宅スタジオから届けた。

本作のコアとなるのは、ティグランと、ベースのエヴァン・マリエン、ドラムスのアーサー・ナーテク。<Our Film>では、アルメニア系の二人、ヴォーカルなどのアレニ・アグバビアンと、チェロのアルティョム・マヌキアンが参加。アレニ・アグバビアンは2019年に『Bloom』(ECM2549)をリリースしている。<Vortէx>ではアメリカのテクニカル・メタル・バンド、アニマルズ・アズ・リーダーズのギター、トーシン・アバシが参加する。

ティグランのプロデュースにより、夢のような自身の内面世界を探求して行く。インスピレーションとなっているのは、さまざまな時代の地図、詩、キリスト教以前そして伝来以降のアルメニアの⺠話や伝説、天⽂学、幾何学、デザイン、岩面の彫刻、映画撮影術など。リリースノートによれば、「⾔葉にならない思慕や潜在的認識、そして⾝体を満たす喜びから⽣まれた⼀つの芸術作品や⼀編の詩、ひとつのメロディーは、確たる理由からではなく、⽬に⾒えざるもの、神の神秘を探求しようとする⼈間性から⽣まれたものだ」とティグランは語っている。

そんなコンセプトの中で、よリ複雑さを増した音楽が出現することも予想されたが、アコースティックとエレクトロニックを織りまぜ、ヴォイスが爽やかさも加え、ヘビーなビートとゆったりしたサウンドの流れが並行したり絡み合ったりと、これまでの様々な要素の集大性を踏まえてのマルチプルな、トータルではとても気持ちのよい、無理を感じさせない音づくりとなっている。それが刺激性と強烈なビートと、安らぐゆったりした流れを統合し最高のサウンドと知覚を与えてくれる。

実際はかなり違うのだが、「上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト」(休止中)の気持ちよさに結びつく向きもいるかも知れない。その界隈のジャズに留まらない幅広い音楽ファンにティグランの魅力が届き、日本でのファンの裾野が広がれば素直に喜びたい。変拍子も多用した極限の音作りでありながら、心に穏やかに響き、浸透して行く、その快感に心を委ね、自身の内面世界に向かう機会ともなればと思う。また、COVID-19が明けたらライヴで聴くのを楽しみにしたい。

Tigran Hamasyan: Tiny Desk (Home) Concert

Tigran Hamasyan Trio at Cotton Club, Tokyo on Sep 26, 1994

Tigran Hamasyan – “Mockroot” (Behind the Scenes)

Tigran Hamasyan – Luys I Luso Suite (Berklee Middle Eastern Festival)

Tigran Hamasyan – Rays of Light (Official Video)

映画『ある船頭の話』 オダギリジョー監督作品 予告篇

Evan Marien x Dana Hawkins – ‘Bouncin’ (feat. Mario Camarena)

Melismetiq – New River, New Water (Shai Maestro), with Arthur Hnatek

【参考】
FIGARO.jp 2017年9月
ティグラン・ハマシアンにコトリンゴが聞く、アルメニアと彼の音楽の魅力

【クレジット続き】
All songs are recorded at Evelyn & Mo Ostin Music Centre at the UCLA Herb Alpert School of Music
between September 21-25, 2019
Engineer: S. Husky Huskolds
Assistant Engineer: Jorge Velasco

“37 Newlyweds” recorded at Benaji Studio.
Engineer: Steve Wood

Additional recordings on “Our Film”, “Ara Resurrected”, “Spece of Your Existence” and “New Maps” are done at Wave Recordings
Engineer: Masrop Sarkisyan

All tracks are mixed by Pete Min at Lucy’s Meat Market except “Our Film” which is mixed by Mesrop Sarkisyan at Wave Recording

All photography by Elena Hamasyan
Album artwork and design by Nana Tchitchoua
Co-designer: T. Wade Iv
Poetry and text by Tigran Hamasyan edited by Susanna Sargsyan

神野秀雄

神野秀雄

神野秀雄 Hideo Kanno 福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。東京JAZZ 2014で、マイク・スターン、ランディ・ブレッカーとの”共演”を果たしたらしい。

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。