#2040 『Great 3:菊地雅章|ゲイリー・ピーコック|富樫雅彦/コンプリート・セッションズ1994』
『Great 3:Masabumi Kikuchi|Gary peacock|Masahiko Togashi/Complete Sessions 1994』

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text by Motoaki Uehara 上原基章

Nadja 21/King International
KKJ-9006/9 (CD4枚組) ¥8,000+税 (12/25発売予定)

Great 3:
菊地雅章 piano
ゲイリー・ピーコック bass
富樫雅彦 percussion

CD1:(スタジオ)
01. Summertime
02. Skylark (piano & perc duo)
03. Waltz Step
04.My Favorite Things
05. Kansago-No (bass-solo)
06. Begin The Beguine
07. Coral Spring
08. Laura
09. Bley’s Triad
10. Home On The Range (piano & bass duo)
11. Song in D※ (bass-solo)
12. Misty (piano-solo)
13. Round About Midnight※ (piano-solo)

CD2:(新宿ピットイン/フ1st Set)
01.Moor*
02.Carla
03.Little Abi

CD3: 新宿ピットイン/2nd Set)
01.Nature Boy
02.Tennessee Waltz
03.Rambling*

CD4: 新宿ピットイン/2md Set 続き〜アンコール)
01.MC:Masabumi Kikuchi
02.Straight, No Chaser*
03.Peace*
04.Good-bye
*オリジナル・リリースCD未収録(完全未発売)

Executive producer: 船木文宏
Production director: 亀山信夫
Musical director: 稲岡邦彌 (Nadja 21)
A&R: 平野聡 (King International)
Recording engineer: 及川公生
Recorded live at Pitt Inn 新宿 1994年3ガツ29日/ 音響ハウス 東京 1994年4月1&2日
Mastering engineer: 辻 裕行 (KING 関口台スタジオ)
Mastered at KING 関口台スタジオ 東京


「過去」ではなく「現在」に鳴り響く菊地・富樫・ゲイリーのバイブレーション

「例えば俺が一つのコード進行に於ける一つの声部にこだわる、そういうことが今や意味をなさなくなって来たんだろう。まあ、それは今まで存在した人間の生活様式へのこだわりが余り意味を持たなくなってきたのと同じことだ。でも、1940年代に始まったある種のダンス・ミュージックに発祥したと考えられるジャズが以後80年余も続いた事を思えば、それもありかなとも思う。俺が音楽家として生きられるのはせいぜい後10年程だろうから、これまでのジャズを継承しながらも、何か今までとは異なる可能性、何か自分で納得できる成果をそこに見つけて行くのが俺に課せられたテーマ、或いは残された道じゃないだろうかと思っている。まあ、出来る限りトライする他に道はないだろうな。」

これは2013年7月末に送られて来た私宛のプーさんからのメールだ。2000年代半ばから晩年まで、菊地はNYの自宅ロフトでソロ・ピアノを何百時間も録り溜めていた。それはテーマ〜アドリブ〜テーマというジャズの定型様式を離れ、自らが弾いた音を聴きながら即興的に曲を作り上げていくスタイルであり、本人から「俺はもうメロディーに興味がなくなって来たんだよ」という言葉を何度も耳にしていた。2010年に受けた手術から長期のリハビリテーション、そして重度の腱鞘炎への対処としてクロスハンド奏法を取り入れていったことで、菊地のソロにおけるその抽象性は濃度を増して行く。「今はもうフレーズなんて必要ないよ。弾いているときは、普通コードが見えていたりコードが聴こえたりするわけじゃない。それが、クロスハンドだと指がひとりでいくようになるわけで、意識してやんない。音楽を聴きながら進んでいく。面白い音が出てきたとこから進めばよいわけだから」(2012年の最後の来日時インタビュー)とまで語っていたように、菊地は即興のプロセスそのものを提示していくことで自己のジャズ表現を昇華させようとしていた。

Great3の4枚組CD『コンプリート・セッションズ 1994』は3人にとって23年ぶりの邂逅である。そもそもこのトリオはゲイリーが日本に住んでいた1970年企画の『Eastword』で実現するはずだったが、富樫の不幸な事故によりドラムを村上寛に交代。翌71年にリハビリを経て復帰した富樫がようやく合流し、ゲイリー・ピーコックの『Voices』、菊地+富樫の『Poesy』、そして渡辺貞夫『Paysage』と3枚のアルバム・レコーディングが行われた。それ以後、菊地とゲイリーは70年の山本邦山『銀界』や78年の菊地雅章『But Not For Me』、そして90年以降のテザードムーン諸作で。またゲイリーと富樫は佐藤允彦とのトリオWAVEで86年から88年に3枚のアルバムを制作している。さらに言えば、長年袂をわかっていた菊地と富樫は91年レコーディングのDUOアルバム『コンチェルト』で20年ぶりの共演を果たした。そして、94年春に実現した3人による共演を完全収録したのが、この4枚組となる。

『コンプリート・セッションズ 1994』は Disc1がスタジオ盤で Disc2〜4が新宿ピットインでのライブ盤だが、録音の時系列に従って Disc2から聴き始めた。そもそもこれはスタジオに入る前のリハーサルを兼ねたライブだったが、アンコールを含めた2セット9曲(うち4曲が未発表)の演奏が本当に素晴らしい。冒頭7分半のベース・ソロから始まるゲイリーのオリジナル曲「Moor」は、まずコントラバスの胴に鳴り響く音の艶や深みにグッと引き寄せられる。ECMレーベルを含めた録音で、ゲイリーのベース音をここまで生々しく記録したアルバムは無いのでは?と思わせるほどのクオリティなのだ。続いてガーンと入ってくる菊地のピアノのブロック・コードからシングル・ノートの流れでは、彼の奏法の特徴である響音ペダル効果がこの上もなく美しい。さらに菊地とゲイリーのバッキングのバランスに注意を払った富樫のパーカッションのスネアやタム、シンバルの音の残響感がこれまた絶品。スタジオ盤とともに録音を担当したのはレコーディング界の鬼才エンジニア及川公生氏なのだが、アーティストの演奏内容とともにオーディオファイルとしての音の素晴らしさも大満足できるはずだ。

2曲目の「Carla」はフリー・フォームから一瞬にして4ビートに移行するゲイリーと富樫のコンビネーションがこの上もなくスリリングだ。何よりこの時のゲイリーの調子が如何に素晴らしかったかが実感できる。演奏が終わった瞬間に菊地が「Yeah!」と満足げに呟くのを聴き逃さないで欲しい。そしてファースト・セットの最後は、50年前に菊地とゲイリーの初レコーディング作『Eastword』でも取り上げらた菊地の美しいバラード「Little Abi」。この曲は現時点でのラスト・レコーディング『Black Orpheus』(2012年)の最後を飾る曲でもあるが、これを聴けば、菊地が如何にメロディを大切にしていたかがよく分かる。菊地も富樫も、そして多分ゲイリーも限りなくロマンチストであったことが切々と伝わってくるのだ。プーさんの数多のレコーディングの中でも屈指の美しさを誇るテイクと言っていいだろう。

菊地のMC(アルバムに唸り声以外で菊地の声が入るのは初めて!)でピットインのファースト・セットは終わるが、ここでまず断言したいのは、新宿ピットインにおけるファースト・セット(Disc2)を聴くためだけにでも、この4枚組CDを手に入れる価値があるということだ。

ライブのセカンド・セットからアンコールまでを収録したディスク3、4は、ファースト・ステージの緊張感はそのままにリラックスした雰囲気で進んでいく。どの曲も素晴らしい出来だが、中でもセカンド5曲目(Disc4のトラック2)に演奏された「Straight, No Chaser」は、ピアノ・トリオにおける伝統的なドライブ&スイング感が本当にゴキゲンだ。この3人が一緒に音を出すのが23年ぶりであるということが信じられないほどで、キース・ジャレット・トリオの同曲のアプローチ(ECM『Bye Bye Blackbird』)と聴き比べると面白いだろう。

アンコールの「Good-bye」で80分超のセカンド・セットは終わる。ディスクにして3枚、ライブ9曲中5曲が未発表なのだから、これはまさしくお宝物。マイルスやモンク、コルトレーンやロリンズ等ジャズの巨人達が珠玉のライブを残してくれたように、この『コンプリート・セッションズ1994』は文字通りジャズ史における「世界遺産」に認定をされて然るべきだとまで、私は考えている。

新宿ピットインのライブの2日後の4月1、2日に音響ハウスの第1スタジオでレコーディングされたのが Disc1に収められた13曲。いずれも5、6分(7曲目の「My Favorite Things」のみ9分弱)にまとめられた演奏(ライブで演奏された曲が1曲も含まれていないことに驚き!)は、ピットインのステージで23年間の共演ブランクを一気に解消したことで打って変わったように濃密かつ抑制された美しさをたたえている。そしてスタジオでもゲイリーのベースが絶好調なのだ。及川マジックも遺憾無く発揮されており、当然だがライブ盤以上のサウンド・クオリティはまさしくマスターピース。なかでもトラック5、11のベース・ソロは絶品だ。さらにトリオ演奏だけでなく、菊地と富樫による「Skylark」や菊地とゲイリーの「Home On The Range(峠の我が家)」というデュオや、トリオでの富樫のオリジナル「Waltz Step」、さらに菊地のソロによる「Misty」「Round About Midnight」と、まさにジャズ・ファンにとっての宝箱のような1枚となっている。

私は幸運にして新宿ピットインのライブだけでなく、音響ハウスのスタジオ・レコーディングにも立ち合うことが出来た。この四半世紀以上前の音をドキュメント的に聴き通した今、改めて現代のジャズ・シーンから欠落してしまったザラっとした質感の「刺激」や「感情」を思い起こさずにはいられない。かつてそれを山のように体感させてくれた3人のアーティストは、まさに「Great3」の名に相応しいと再認識した。そして何より、メロディを追求しているプーさんと久々に出会えたことに静かな喜びを感じている。

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