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CD/DVD DisksNo. 283

#2137 『Ayumi Tanaka Trio/ Subaqueous Silence』
『田中鮎美トリオ/ スベイクエアス・サイレンス―水響く―』

text:岡崎 凛 Ring Okazaki

ECM

Ayumi Tanaka (piano)  田中鮎美
Christian Meaas Svendsen (double bass) クリスティアン・メオス・スヴェンセン
Per Oddvar Johansen (drums) ペール・オッドヴァール・ヨハンセン

1.Ruins  (夢の跡)
2.Black Rain  (黒い雨)
3.Ruins II (夢の跡 II)
4.Ichi (一)
5.Zephyr (やわらかな風)
6.Towards the Sea (海へ)
7.Subaqueous Silence (水の中の静寂)

All music by Ayumi Tanaka except 4.Ichi and 6.Towards the Sea by Tanaka/Svendsen/Johansen
and 5.Zephyr by Tanaka/Johansen

Recorded June 2019, Nasjonal Jazzscene Victoria, Oslo
Engineers: Daniel Wold, Ingar Hunskaar (mix)
Mastering:Stefano Amerio
Inner photo: Pernille Sandberg
Cover photo: Thomas Wunsch
Design: Sascha Klein
Album produced by Manfred Eicher


本作のリリースを心待ちにしていた人は多いだろう。長く田中鮎美を応援してきた人も、自分のように2016年の日本ツアーで田中鮎美トリオを知ってファンになった人も、最近になって田中の北欧での活躍を知った人も、彼女がECMからリーダーデビューすると知って興奮したことだろう。
多くのファンが新譜を入手し、このトリオの穏やかさと激しさの落差に驚き、静けさの中でせめぎ合う楽器の音に耳を傾け、それぞれの感想を世界のあちこちで語り合っているとしたら、何と素晴らしいことだろうか。
高踏さと親しみやすさの両面を備えた田中鮎美の音楽に触れる人が、本作によってさらに増えることを期待している。

前作『Memento』(2016) に続き、緊張感あふれる即興重視の作品である。のちに引用したインタビューで、彼女は水墨画について言及しているが、何も描かれてない白地の部分がいかに雄弁であるかを知り、微細な濃淡の変化、一瞬の筆遣いが生むかすれの表現を眺めるように、このトリオの音に向き合うのも、一つの聴き方だろうと思う。
全体的なコンセプトを堅持するよりは、それぞれの楽曲で自然に生まれる流れを大切にし、トリオの各自が演奏を楽しむことが優先されているようだ。それゆえに硬直した難解な音楽にはならないというのが、このトリオの魅力だろう。

田中鮎美が音数少なめに鳴らすピアノの音、大胆に挿入される長い沈黙は、続く音を待つリスナーの予想をはぐらかす。案外、充足感よりも欠落感が心を刺激するのかもしれない。耳を澄ましていると、ヨハンセンのドラムから微かなブラシの音が聞えてくる。
こうして、まるで田中が仕掛けた心理ゲームに加わるように、気持ちを集中させて微細な音に聞き入った。やがてスヴェンセンのアルコベースの動きが次第に激しくなり、スクラッチ音の間に別の音を織り込むような緻密な演奏へと変化していく。そこに至るまでには、最小限の音が演じるシーンが続いたために、細い線を高速に描くようなウッドベースの饒舌な語り口が冴える。このように、ごく自然に構築されるコントラストがいくつも重なり、一見シンプルなようで奥深い世界が築かれていく。

3 musicians of Ayumi Tanaka trio
Ayumi Tanaka Trio (Photo by Pernille Sandberg)

<田中鮎美が参加したトーマス・ストレーネンのアルバム(2021年4月リリース)『Bayou』について>

田中鮎美がECMからサイドマン参加でデビューしたアルバムはトーマス・ストレーネン(Thomas Strønen)が率いるグループ´Time Is A Blind Guide′の『Lucus』である。その後このグループとは別に、トーマス・ストレーネンと共同リーダーとなる形で参加したのが『Bayou』である。
田中鮎美トリオとは全く異なる作品であるが、田中が本作に関連したインタビューで、彼女の目指す音楽について語ったことは、この『Bayou』を聴いてもそのまま当てはまっていくと思う。もちろんこのアルバムでは、本作とは全く異なるアプローチで楽曲が構築されてゆくが、ストレーネンに比べればまだまだ新人に近い田中が、堂々と彼女らしいプレイを聴かせているのには、嬉しい驚きがある。本作を聴いた後に聴くと、何とも感慨深いものがあった。彼女とストレーネンとの共演は、きっと今後も続いていくだろう。

『Bayou』については、本サイトの「及川公生の聴きどころチェック No. 277 #667 『Thomas Strønen|Ayumi Tanaka|Marthe Lea / Bayou』」で紹介されている:

https://jazztokyo.org/reviews/kimio-oikawa-reviews/post-64760/

(トーマス・ストレーネンについては、本サイトに多数記述があるので、サイト内検索で調べていただければと思う)

<現在ネット上で見つかる田中鮎美トリオの情報>

田中鮎美がECMからリーダー作デビューするというニュースに、さまざまなネット上のメディアが反応しているのは嬉しい。以下二つのインタビュー記事を紹介したい。
また彼女が以前JazzTokyoに寄稿した記事は、最近のインタビューで答えていた内容につながるものが多く、とても興味深い。

⋆彼女の出身地である和歌山市のタウン情報サイト「もっと和歌山」に、新譜情報とインタビュー記事が載せられていた。https://www.agasus.com/articles/news020/
(以下インタビューより抜粋引用:)

――北欧の音楽に惹かれるようになったきっかけは?
田中:
ヤン ガルバレクやボボ ステンソンなどECMから出ていたノルウェーやスウェーデンの音楽を聴いて、個性豊かでそれらの表現が自然で形式にとらわれない形で、すごく自分に合っていると感じました。

――プレスリリースに「静寂と一音の持つ力への意識が(田中さん)の音楽表現の中で大切にしていることの1つ」と表記されていますが、そのように感じることになった経緯などがあれば教えてください。
田中:
音楽を突き詰めれば突き詰めるほど、静寂の持つ力の凄さに圧倒されるようになりました。日本を離れてから、日本の水墨画や邦楽にそれらの力を感じるようになったのもきっかけです。

⋆2019年6月、オスロ、ナショナル・ジャズシーン・ヴィクトリアにて録音された本作は、そもそもはECMレーベルからのリリース予定ではなかったが、マンフレート・アイヒャーの意向でECMから出ることになったという。田中鮎美は下記のインタビュー記事の質問にで次のように答えている。

田中鮎美|ノルウェー在住の日本人ピアニスト─欧州の名門レーベルECMから新作リリース
【Women In JAZZ/#38】JazzMusicインタビュー/島田奈央子 構成/熊谷美広
(上記記事より抜粋引用、脚注を除く)

──今回、ECMからアルバムを出すことになったのは、どういう経緯で?
2017年にトーマス・ストレーネンのアルバム『Lucus』(ECM)のレコーディングに参加して、スイスのルガーノにあるスタジオで録ったんですけど、そこで初めてマンフレート・アイヒャー(同レーベルの代表)さんと会いました。
その時に、私が以前制作したトリオのアルバムを渡したら、それをすごく良かったって言ってくださって、私のトリオのレコーディングもしようという話になりました。

──それからすぐにレコーディングしたんですか?
じつは今回のアルバムは2019年にレコーディングをして、他のレーベルから出そうと思っていたんですけど、それをマンフレートさんが聴いて、ECMからリリースしようと言ってくださったんです。

⋆JazzTokyoに田中が寄稿した記事に、ノルウェー国立音楽大学に通う日々について記述がある。田中鮎美の書く文章、またはインタビューで彼女が語る言葉には、曖昧さがなく、しっかりと音楽に向き合う姿勢が読み取れる。↓
 オスロに学ぶ 田中鮎美 Vol.1 ノルウェー国立音楽大学

また「オスロに学ぶ 田中鮎美 Vol.27 Nakama Records」は、トリオのベーシスト、クリスティアン・メオス・スヴェンセンが中心となって生まれたナカマ・レコーズのことや、2016年の来日公演などが記され、彼女の現在の活動の基盤を知る上でとても興味深い。

<共演者のクリスティアン・メオス・スヴェンセン、ペール・オッドヴァール・ヨハンセンについて>
本稿を書く前には、共演者のベーシストとドラマーについて詳述することを考えていたが、この2人について書き始めると、田中鮎美トリオの説明以上の文字数になりそうなので、ここではなるべく短くまとめておくことにした。

クリスティアン・メオス・スヴェンセン(Christian Meaas Svendsen)のバイオグラフィについては、こちらのサイトに詳しい。
https://www.paradiseair.info/people/christian-meaas-svendsen
ただし2016年に書かれているために、最近の彼の活動については記述がないが、着実な歩みを遂げて本作でも存在感あるプレイを聴かせている。
やや「地下ジャズ」的な印象のベーシストであるが、今回ECM作品に登場したことで、クリスティアン・メオス・スヴェンセンの名前はだんだんと世に知られていくことだろう。YouTubeでの彼のチャンネルには数々の音源が楽しめるので、ぜひ探してみてほしい。「陀羅尼」というタイトルで読経と「共演する」曲など、日本文化への傾倒が顕著な彼の演奏が多数上がっている。

ペール・オッドヴァール・ヨハンセン(Per Oddvar Johansen)は、本サイトのライヴ情報にも登場している;
https://jazztokyo.org/news/post-27848/
このときには本人のトリオで来日したが、Helge Lien (ヘルゲ・リエン)のトリオ、Tore Brunborg(トゥーレ・ブルンボルグ)のカルテットでもツアーをしており、日本に何度も来ているドラマーだ。微細な音を徐々に積み上げ、奥行きのある世界を構築する彼の技に出会う度に、いつも感嘆する。
久々に彼のステージを観たいと願っている日本のファンも多いだろう。そういう意味でも、田中鮎美トリオの再来日を待ち遠しく思っている。

岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

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