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Concerts/Live ShowsNo. 289

#1209 魚返明未&井上 銘 『サイクリングロード』リリースライヴ at KIWA


サイクリングロード at KIWA TENNOZ

Text by Hideo Kanno 神野秀雄
Photo by Yuki Oishi 大石悠貴

『魚返明未 & 井上 銘/サイクリングロード』 リリースライブ
Ami Ogaeri × May Inoue Live at KIWA TENNOZ

2022年4月15日(金) 19:00 KIWA TENNOZ(東京都品川区東品川2-1-3)
魚返明未 Ami Ogaeri: piano
井上 銘 May Inoue: guitar

1. きこえない波 (魚返明未)
2. 縮む~静かな影 (魚返明未)
3. もず (魚返明未)
4. かなしい青空 (魚返明未)
5. The Lost Queen (魚返明未)

6. 丘の彼方 (井上 銘)
7. Herbie Westerman (魚返明未)
8. 隔たり (魚返明未)
9. サイクリングロード (魚返明未)
10. 三つの風 Part1 (魚返明未)

Ec. はしごを抱きしめる Embracin’ the Ladder (魚返明未)

ピアニスト魚返明未(おがえりあみ)とギタリスト井上 銘の初デュオアルバム『サイクリングロード』(Reborn Wood RBW-0023、2月16日発売)のリリース記念ライヴが天王洲アイルにある「KIWA」で開催され、完売満席となった。ここは金森祥之(OASIS)が最良の音響を求めて作ったハコで、そのチョイスからも響きへこだわりがわかろうというものだ。

魚返は東京芸術大学作曲科卒業でジャスピアニストとして自身のソロや高橋 陸(b)、中村海斗(ds)とのトリオの他、数々のグループで重用されながら、CM音楽、映画音楽にも作曲提供を行ってきた。提供した映画には「truth〜姦しき弔いの果て〜」、「ザ・ファブル」、「サマーフィルムにのって」などがある。井上は高校時代からプロとして活動を開始(鈴木勲への追悼文を参照)、バークリー音楽大学に留学。自身のプロジェクトとしては、「Stereo Champ」、「Acoustic Quartet」に加え「CRCK/LCKS」にも参加。カルテットによるアルバム『Our Platform』には魚返も参加している。井上は最近ではトップランナーの一人として日本ジャズシーンを牽引し、幅広いミュージシャンのプロジェクトに参加している。二人は1991年生まれ同い歳。二人の出会いは高校時代のセッションに遡るが、距離が近づくのは井上のグループのキーボード泉川貴広が渡米のため脱退し魚返が加わってから。また、デュオを始めたのは、2020年まで高田馬場にあった ”世界一狭いジャズクラブ”しかも美味しい食事が次々出てくる「ホットハウス」のママ”アキさん”に勧めだったという。井上には<A Memory of the Sepia>という”アキさん”に捧げた曲があり魚返とも演奏している。

アルバム1曲目<きこえない波>から静かに始まり、<縮む〜静かな影>へとプログラムは進んでいく。穏やかな中に研ぎ澄まされた二人のやりとりと響きに惹き込まれてしまう。シンプルなギターの音と、美しいピアノの鳴り、二人の確かな音楽性からストレートに創られていて、美しさと透明感がある響きに包まれ、青空をイメージするような乾いた空気を感じながらも、二人の人臭さや友情も浮かび上がる。アルバムタイトル『サイクリングロード』とカジュアルなジャケットからのアクティヴな印象とはうらはらに、内省的で耽美的な印象も強い。観客とのインターアクションが大事としても、「自分だけの音」「親友二人だけの音」という感覚も心地よい。

井上作の<丘の彼方>を別にすると、魚返がCOVID-19以降に書いた曲を中心に構成されていて、東京藝術大学作曲科出身だけにその楽曲は美しくクオリティは高く、映画音楽も手がけているだけに質のよい映像作品を観ているかのようだ。タイトルが主に日本語であることも聴く者の心に届く気がする。また、二人の演奏の音色の美しさと拘り、そして何よりもダイナミックレンジの広さに驚ろかされた。高音量側に盛り上がって行く演奏はよくあるが、低音量域をきっちり表現し、音量差を的確に駆使できるユニットは意外に少ない。それを完璧に実現している稀有なデュオがこの二人で、沈黙サイドにどこまでも迫れるということは、無限の表現力を手にしたことになる。

丘の彼方 at KIWA TENNOZ

井上の<丘の彼方>は録音直前に書いた曲、家の近くのとっておきの場所からの夕方の景色と、そこにばらばらに集った人々の姿と距離感、、のような背景だったと思うが、このアルバムの魚返の作品群にもしっかり溶け込む。自分のアルバムは、リリースまで何度も聴いているので、その後もう聴かないことが多いけれど、『サイクリングロード』は何度も繰り返し聴いているという話も興味深かった。

Herbie Westerman at KIWA TENNNOZ

タイトル曲<サイクリングロード>は終盤に持ってきた。爽やかで軽やかな疾走感と浮遊感のあるサウンド。個人的記憶からは青空と川沿いの道を思い出すが、観客それぞれの心のサイクリングロードと結びつくのかも知れないし、滑走路とも重なるかも知れない。やがてスピードを増し高揚感を増しながら、穏やかに”どこか”に辿り着く。。

<三つの風 Part1>は『Solo Live at Lydian Part 2』(Lydianは神田淡路町のジャズクラブ)に収められた一曲で、キース・ジャレット的な世界観を魅せながら、二人は熱い情熱を秘めたフレーズとサウンドを溢れさせていく。アンコールに演奏された<はしごを抱きしめる>。日本語詞が聴こえてきそうな、日本の原風景が見えそうな懐かしさと、やがて聴こえてくるゴスペル調のハーモニーの動き、、素晴らしいライヴの幕引きに相応しい一曲だった。

5月22日(日)の水戸Cortez、5月27日(金)〜28日(土)の札幌Cats & Dogsをはじめとして、今後このデュオでツアーを行っていくという、アルバムからKIWAまででも大きく育ってしまった二人の音楽、ツアーを終えた後、無限に育った音楽と、そこからの未来に期待が止まらない。

なお、KIWAのオーナー金森祥之とは、個人的には大友良英、大野松雄の周辺で接点がある。最近では、ヨーヨー・マ バッハ・プロジェクトの沖縄アリーナでのPAを成功させたことでも知られる。今回一緒に聴いていた音楽ライターがKIWAで聴く魚返&井上の音響を絶賛していたが、逆に言えば、KIWAの音が良かったと言うよりも最高の音響を目指して金森が創ったハコがKIWAであって、さまざまな音楽を熟成、拡張していくハコとして活用されていくことを願っている。

魚返明未 & 井上銘/サイクリングロード PV
演出:吉田ハレラマ. 撮影:神林裕介
出演:和田幸樹、植松 優

魚返明未+井上 銘 「サイクリングロード Cycling Road」
-Days of Delight Atelier Concert- vol.7

魚返明未+井上 銘 「もず / Shrike」
―Days of Delight Atelier Concert― vol.11

魚返明未トリオ – はしごを抱きしめる
魚返明未(p) 楠井五月(b) 石若 駿(ds)

井上 銘 A Memory of the Sepia

サウンド&レコーディング・マガジン
BOSE L1シリーズの新星「L1 Pro」を語る!〜ライブ・ハウスKIWA 金森祥之氏

神野秀雄

神野秀雄 Hideo Kanno 福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。Facebookグループ「ECM Fan Group in Japan - Jazz, Classic & Beyond」を主催。ECMファンの情報交換に活用していただければ幸いだ。

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