『Memorial for the Predecessor』 by composer / arranger 井上 鑑

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Text by Akira Inoue 井上 鑑

チェロ弾きの家に長男として生まれた僕は、ずいぶん小さな時から周囲の大人の人、特に父の生徒さんのご家族や、父が指導していた合唱関係者から「音楽家になるんですよね」「チェロはいつから始めるの?」などと言われ、ボクは絶対音楽家にはならないのだ、と心に決めていました。実際、音楽のレッスンは何もしていないまま高校生になり、大学はどうするの?という頃合いで急激な進路変更をしたような顛末でした。

高校学園紛争の只中での急カーブをもたらしたきっかけはいくつかあったのですが、チックの「Now He Sings. Now He Sobs」は最大級のインパクトでした。先ず、アルバムタイトルからして自分が描いていたJAZZのイメージをはるかに超えた意思、「向かい合わざるを得ない」なにものかを感じたものです。
その少し前に Bartok や Stravinsky を知って、クラシック音楽にも活き活きとした熱いものがあるんだ、と学んでいたのですが、チックの演奏を聴き、はたまたハンコックさんやらキースさんやらユーロピアン・リズム・マシーンやらを知るに至って、自分でもピアノの前に座ってみたくなったのが今につながる道筋の起点だった訳です。

座ってみたら楽しかった…それが全てなのですが、そこからチックへの憬れと尊敬、感謝が全て始まり、今につながっています。
独特の暖かさと先鋭的な姿勢のブレンドが絶妙なアーティストだったと思います。「Circle」から「Return to forever」への流れなどはその好例で、Free Jazz から Brazilian Taste への移行なんて他の人だったら理解されなかったかもしれません。ちなみにごくごく個人的な感想ですが、その後の作品で一番好きなのはベラ・フレックとのDuoだと申し添えます。

彼が開けてくれたドアを通ってメルドーさんもティグランさんも歩んでいるのだ...と考えるとチックの果たした役割の大きさが感じとれます。
昨年、自粛期間中に自宅スタジオから配信プログラムをやっていた姿から,この様な悲報は全く予期することもありませんでした。それだけに実感も朧気なのですが、もう新作は届かないのだと考えることは心が痛みます。

最後にもうひとつ、感謝をしたいことがありました。ポップスのアレンジャーとして歩けるようになった契機のアルバム、寺尾 聰さんの「Reflections」のなかに個人的トリビュート曲が有るのです。何が似ている、とか言うことでは無いのですが、ある曲のDemo Tapeを聴いた瞬間にチックのこと(Return To Foreverです)を思い出したのでした。あのスピード感だ、と思った途端にふわふわっとイントロのリフが浮かんできました。そして同時に「HABANA EXPRESS」という曲名も。何と寺尾さんは僕が勝手に付けたWorking Titleをそのまま最終タイトルにしてくれたのでした。
こんな話を感謝してもチックは「So, What?」と言うばかりでしょうが、世界中の音楽家からの謝辞のひとつとして、受け取ってくださいますように…。

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自身のhome pageにもチック・コリアを悼むメッセージを公開予定。
また、追悼の意味を込めた曲「Return To Matrix」も Akira Inoue YouTube Channel等で公開される予定。
詳細はオフィシャル・ウェブサイト akira-inoue.com


井上 鑑 Akira Inoue – 作編曲家・キーボード奏者
日本弦楽界の代表的先駆者であるチェリスト・井上頼豊の長男として東京に生まれる。桐朋学園大学音楽学部作曲科で三善晃氏に師事。在学中より、作編曲家・キーボード奏者として活動を始める。1981年、Single『GRAVITATIONS』でソロアーティストデビュー。寺尾聰「ルビーの指環」、大滝詠一、福山雅治などのヒット作で知られ、繊細で先鋭的な作編曲家として、ジャンルを超えた作品発表やライブを行っている。「連歌・鳥の歌」プロジェクトを主宰。著書は「僕の音、僕の庭」。2017年、通算14枚目のソロアルバム「OSTINATO」と、作・編曲集「Seeing」「Believing」を同時発売。
オフィシャル・ウェブサイト akira-inoue.com

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