RIP ヨン・クリステンセン by 福盛進也

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text by Shinya Fukumori 福盛進也

一週間ぶりにお酒を飲む機会があり、空腹の身体にたっぷりのビールを入れ、翌日は案の定酷い二日酔いだった。そんなボーッとした頭でやり過ごす朝、悲しいニュースが非情にも僕の目を覚ます。

Jon Christensenが逝った。

数日前、同じように彼の訃報が耳に入った。がしかし、それは誤報であったと訂正され、安堵の胸を撫で下ろしたところだった。誤報ではあったものの、危篤状態であったのだろう。無念の結末に涙した。

僕にはこれまでの音楽人生で最も影響を受けたドラマーが4人いる。Ian Paice (Deep Purple)Elvin JonesVinnie Colaiuta、そしてJon Christensenだ。彼のドラムに出逢った瞬間、僕の人生の大きな、とても大きなターニングポイントとなった。おそらく多くの人と同様、初めて彼の演奏を聴いたのはKeith Jarrettの名盤『My Song』。パルスの中に居ながらも、どこまでも自由で繊細で、鳥が風に身を預けるような美しいドラミングに衝撃を受けた。そして極め付けは、そのすぐ後に聴いたKetil Bjørnstadの『The Sea』。僕が今まで演奏していたのはドラムじゃなかったのではないか、そう思わせる演奏は正に芸術だった。そこから僕の音楽の方向性は変わり、「ドラム」という概念を捨て去ることができた。

ECMの音楽に魅了され、たくさんのアルバムを聴いてきた。「良いアルバムだな」と思うと必ず彼の名前がそこにあった。彼無しではECMの「音質」は確立されなかっただろう。そしてECMだけでなく、彼の音楽をきっかけに、ノルウェーの素晴らしいミュージシャンを多く知ることができた。

唯一無二のスタイルを築き上げたJon Christensen。彼の美しい演奏が残した功績はとてつもなく大きい。数え切れないほどのミュージシャンに影響を与え、時代を作り、誰にも真似できない芸術を常に創り続けた。

たくさんの宝物と想い出をありがとう。

音楽がある限り、Jon Christensenは僕たちの中で生き続けるだろう。

 


福盛進也 Shinya Fukumori
Drummer, composer, band-leader

1984年、大阪生まれ。ヴァイオリン、ピアノ、ギターを経て15歳の時にドラムに転向。17歳で渡米、 Brookhaven College、the University of Texas を経てボストンの Berklee Collegeで音楽の専門教育を受ける。アメリカで経験した伝統的なジャズに飽き足らず、突如、ECMに目覚める。ECMのオーナー/プロデューサー、マンフレート・アイヒャーの知己を得るためミュンヘンに移住。2018年、アイヒャーのプロデュースにより『For 2 Akis』(ECM2574) でデビュー。その後、何度か帰国、韓国のミュージシャンを含む新世代ミュージシャンと様々なユニットで演奏、ネットワークの構築を進めている。

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