#2157 『Jazz In Latvia 2021(by Various Artists)』(2CD)
『ジャズ・イン・ラトヴィア 2021』オムニバス盤2枚組
text by Ring Okazaki 岡崎凛
レーベル:LMIC/SKANi(2021年4月リリース)
Disc 1
①Madka /Liudas Mockūnas, Arvydas Kazlauskas [リューダス・モツクーナス(sax)、アルヴィーダス・カズラウスカス(sax)]
②A Girl at the Table /Kristaps Vanadzinsh Trio[クリスタプス・ヴァナヅィンシュ・トリオ]
③Bhad Legacy /B.H.A.D. Company
④Mantra /Ieva Kerēvica [イエヴァ・ケレーヴィツァ(vocal)]
⑤кроме музыки(except the music)/ klausies (project by Aleksandra Line, meaning ‘listen’) [アレクサンドラ・リーナ(poetry)のプロジェクト、‘listen’]
⑥Aizas malā (On the Side of the Gorge) /Raimonds Pauls Trio [ライモンズ・パウルス・トリオ]
⑦Dāvāja Māriņa(Marina’s Gift) / Jelgavas Big Band / [イェルガヴァス・ビッグバンド]
⑧Zalš(Green)/ Andris Buiķis [アンドリス・ブイチス(drums)]
⑨Fast Food / Miķelis Dzenuška [ミチェリス・ヅェヌシュカ(vib, keyboards)]
Disc 2
⑩Midsummer/ Dream Teller (Edgars Cīrulis, Kristīne Liede)[エドガルス・ツィールリス(piano)、クリスティーネ・リエデ(vocal)のユニット、ドリーム・テラー]
⑪Asns(Rise)/ Liepaja Music Orchestra [リエパーヤ・ミュージック・オーケストラ]
⑫Renjo’e/天火(Ten Ka): Deniss Pashkevich [デニス・パシュケヴィチ(sax, electronics)]
⑬Noktirns(Nocturne)/ Inese Bērziņa, Marika Šaripo [イネセ・ベールズィニャ(vocal)、マリカ・シャリポ(piano)]
⑭Viss no jauna(All Over Again)/ Latvian Radio Big Band and The Sound Poets [ラトヴィア・ラジオ放送ビッグバンド&サウンド・ポエッツ]
⑮Sniegi, veji putinaja(Snowfall)/ Ieva Kerēvica [イエヴァ・ケレーヴィツァ(vocal)]
⑯Oki, Nalej, Leiteņ(Rain, Don’t Rain)/ Lipskis/Justs/Arbidāns Trio / [リプスキス/ユスツ/アルビダーンス・トリオ]
ユルギス・リプスキス(drums)、ラルフス・アルビダーンス(bass)、クリスチャン・ユスツ(guitar)
⑰Renegade/ Very Cool People[ヴェリー・クール・ピープル]
⑱Desert Breath/ Jānis Ruņģis [ヤーニス・ルニュギス(guitar, keyboards, etc.)]
Mastered by Normunds Slava
Produced by Aleksandra Line, Evelina Protektore
ラトヴィアのジャズ・コンピレーション・アルバムといえば、日本の音楽ファンはどんなものを想像するだろうか? 自分は漠然と、クラシックをよく聴く人の好みに合いそうだと想像したのだが、実際に聴いてみると、もっとヴァリエーションは豊富だった。抒情性に満ちた女性ヴォーカル、ピアノトリオも登場するが、それだけでなく、インパクトのある骨太の即興演奏や、朗読と先鋭的なジャズのコラボレーションに出会えることを知る。さらに、リズミカルでキレのいい音楽も充実しており、英米の売れ筋ジャズ、ポップスに勝るとも劣らない楽曲センスに驚かされる。
『Jazz in Latvia』 はラトヴィアで特に注目されるミュージシャンをピックアップしたコンピレーション・アルバムであり、ここ数年は毎年リリースされているようだ。2008年版があることから、10年以上続く企画なのだろう。2021年度の本作は2枚組でのリリース。昨年(2021年)の6月末~7月初めにかけて開催された国際的ジャズ・フェスティバル、‘Rigas Ritmi’でのラトヴィア国内勢のハイライトシーンが重なるような選曲がなされ、フェスのステージを観に行けない人にも、ラトヴィア最新のジャズをCDや音楽配信で楽しんでもらおうという意気込みが感じられる。この2枚組にはラトヴィアの代表的なジャズ・レーベル、Jersika Records(イェルシカ・レコード)が手がける作品が多く収録されている。イェルシカ・レコードについては、これまでディスクレビューや‘Rigas Ritmi’に関するニュースで取り上げているので、そちらも参照いただきたい。
本作は、いったいどこから語ればいいか迷うほど、ラトヴィアの音楽の魅力が詰まった2枚組アルバムである。発掘音源を含む再発盤からの1曲が1966年録音である以外は、全て最近の録音による音源であり、2021年の‘Rigas Ritmi’の開催に合わせて発売されている。
大まかに18曲を分類すると、女性ヴォーカルをフィーチャーした④⑩⑬⑮、ビッグバンドとオーケストラによる⑦⑪⑭、ピアノトリオ②⑥、アンビエント、エレクトロニカ⑫⑱、新世代のジャズの才気に触れるような③⑧⑨、サックス2本が向き合って咆哮を続けるデュオ①、ピアノとベースの緊張感あるフリーインプロが朗読の声に絡む⑤、サックス、ギターのソフトな音が心地よい⑯、賑やかなフォークロアに傾倒する⑰と、多種多様である。
今回の記事ではこの18曲のうちの一部についてアーティストとアルバムの紹介を行い、イェルシカ・レコードに深く関連するものにもいくつか触れていきたい。
このレーベルの入魂の一作とも言えるのが、Liudas Mockūnas / Arvydas Kazlauskasの野外コンサートを収録したアルバム『PURVS』である。下記リンクの動画で演奏されるのは本作収録とは別の曲だが、大自然と遺跡の中でのビデオコンサート録画は、イェルシカ・レコードの気概に触れる映像作品だと思う。
や
From the video concert Live At The Peat Amphitheater SOLSTICE.
ディスク1の最初を飾る①は、リューダス・モツクーナス(リトアニア)と、アルヴィーダス・カズラウスカス(ラトヴィア)のサックス・デュオ(saxophonist duo Liudas Mockunas / Arvydas Kazlauskas)であり、インパクトあるサックスの響きに身が引き締まるが、その後数曲は聴きやすく、⑤の冒頭でまた激しいインプロに出会う、というような構成である。ハードな曲は少なく、スピード感に満ちた曲よりスローな曲が多いと感じる。
①については次のリンク参照:https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-62753/
②のクリスタプス・ヴァナヅィンシュはイェルシカ・レコードからトリオ・アルバム(LP)『(Kristaps Vanadzinsh Trio)The Love Garden Has Overgrown』を2021年6月18日にリリースした。(‘Rigas Ritmi 2021’を告知した際にも彼のアルバム音源を紹介している)
Kristaps Vanadzinsh (piano), Jānis Rubiks (upright bass contrabass), Rūdolfs Dankfelds (drums, perc.)
彼は④の女性ヴォーカリスト、イエヴァ・ケレーヴィツァのバックでも演奏しており、このアルバムで2曲に登場し、‘Rigas Ritmi 2021’で2か所のステージに立った。
④ではイエヴァ・ケレーヴィツァがジャズ・カルテットを率いて〈Mantra〉を歌う。タイトルから想像できるように、東洋文化への傾倒を感じる曲。
③は注目の若手作曲家Elza Ozolina(エルザ・オゾリナ)が率いる B.H.A.D. COMPANY による〈B.H.A.D. Regacy〉。エルザはエストニアや北欧で音楽を学び、デンマーク拠点の仲間とともにB.H.A.D. COMPANYを2019年に結成した。ビートミュージック、ヒップホップなどを自在に取り込む若手らしい作風で2020年にアルバム『LICK ATTACK』をリリース。このアルバムには〈E.S.T.〉というエスビョルン・スヴェンソン・トリオへの敬意を明確に示す曲もあれば、力強く骨太なジャズ・クインテットらしい曲もあり、今後の成長が楽しみなグループだ。
B.H.A.D. COMPANY – Acknowledgement by Elza Ozolina
⑥〈Aizas malā (no svītas Kalnu skices)(マウンテン・スケッチ組曲より)峡谷の側に〉は1966年録音のライモンズ・パウルス・トリオの演奏。ラトヴィアの著名な作曲家ライモンズ・パウルスは、1936年リガ生まれ。本作は他の発掘音源とともにイェルシカ・レコードより2021年5月リリース。「共産圏ジャズ」が熱気に包まれた時代のトリオ演奏に、攻めの姿勢がはっきりと見て取れる。
Raimonds Pauls (piano)/ Aivars Timšs (double bass)/ Haralds Brando(drums)
詳細は#2081 『Raimonds Pauls Trio/The Lost Latvian Radio Studio Sessions 1965 / 1966 』を参照:https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-64803/
⑨〈fast food〉は賑やかなヴィブラフォン、エレキベース、電子音などがリズミカルに踊る曲である。作曲はヴィブラフォンやキーボードを演奏するMiķelis Dzenuška(ミチェリス・ヅェヌシュカ)で、近いうちにイェルシカ・レコードで彼の新作がリリースされるようだ。2021年にもポップなアルバムを自主レーベルから出しているが、次回作はジャズファンにもアピールするものではないかと期待している。
紹介する動画はCD収録曲でなく、‘Rigas Ritmi’に出演時の演奏で〈Vai jau laiks? (Is It Time?)〉。
ディスク2の1曲目となる⑩は、透き通るようなクリスティーネ・リエデの歌声をエドガルス・ツィールリスのピアノが盛り上げる美しい曲。
⑬〈Noktirns(Nocturne)〉はイネセ・ベールズィニャ(vocal)とマリカ・シャリポ(piano)による歌と演奏で、やや寂しげなイネセの歌声に、マリカのピアノが寄り添う。じわじわと熱を帯びていく2人がごく自然に一体化していくのが見事だ。
⑱Jānis Ruņģis(ヤーニス・ルニュギス)はロック系のバンド活動でのメロディアスな歌で人気が高いようだが、イェルシカ・レコードから2020年にリリースされたアルバムでは作風ががらりと変わって、商業的成功と縁の薄そうなアンビエント系にシフトしており、彼がどうしてこのような変化を遂げたのか研究してみたい気持ちになる。それはとにかく、ハープシコードなどさまざまな楽器の素朴な音が何とも新鮮であり、シンプルなギター・ストロークだけで築く不思議なサウンドの魅力にどんどん引き寄せられていく。ラトヴィアにこんなすごいギタリスト、いやインプロヴァイザーがいたのか、というのが正直な感想だったが、要するに自分が不勉強なだけだと考え直した。
上記に紹介した以外にも、ビッグバンドなどの興味深い曲がいくつもある。本作は気軽に聴けるオムニバス盤で、2枚組ではあるけれど、それほど長いとは感じない。ぜひ一度試聴してほしいと思う。☟
https://www.youtube.com/watch?v=Zc6QNMRvR7o&list=OLAK5uy_lSimh2VKn9-2QQ6GnqvlaFYnsS2cIMUpI
(本作に登場するラトヴィア名のカナ書きについては、ディスクユニオンなどのCD広告ページとその他の資料を参考にしました)
本サイト(JazzTokyo)内の関連記事:
https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-64803/
https://jazztokyo.org/news/international/post-66468/