From the Editor’s desk #21 「ECM55周年」
聴覚が正常である限り制作を続ける
続きを読むJazz and Far Beyond
聴覚が正常である限り制作を続ける
続きを読むさがゆきと沼尾翔子をめぐる第2話。
続きを読む実姉の橋本一子、義兄の藤本敦夫の全面的協力を得た新作『風のささやき』
続きを読むOh,my God! に代えて Oh, my Gosh!
続きを読む脊椎損傷から再起した天満敦子の<望郷のバラード>と寺島夕紗子の<さとうきび畑>の完唱に胸を熱くした。
続きを読むさがゆきさんと沼尾翔子さんというふたりのヴォーカリストを続けて聴いた。
続きを読む多くの著作の中にあって、これは著者にとって初めての「ジャズ本」
続きを読むたしかに心底から魂を揺さぶられる感動的なフィナーレではあった。
続きを読むアートや音楽は抵抗の一種だと僕は信じています。
続きを読む創刊20周年の夢は、アーカイヴの書籍化である。仮に「JTジャズ新書」としようか。
続きを読むバーンスタインの<ラプソディ・イン・ブルー>でジャズに目覚めた。
続きを読むかつての「ハードバップの伝導師」が「ECMの伝導師」に?
続きを読む加藤総夫編曲の<Snow Fall>が6/29のコンサートで聴けるかも知れない。
続きを読む<モナ・リサ>から<アリラン>で感動的なフィナーレが、「日韓親善」の輪が目の前に。
続きを読む6/29のコンサート「Jazz Legend 瀬川昌久さん 生誕100年コンサート」の基本的には企画者の一人です。
続きを読むはたしてSACDはハイレゾ配信に対するフィジカルの救世主になり得るのだろうか、大いに関心のあるところだ。
続きを読む日本=ジャマイカ友好関係樹立60周年の今年、映画『ボブ・マーリー:ONE LOVE』を観て、政争を鎮め、ジャマイカの左傾化を食い止めたボブと音楽の力に想いを馳せる。
続きを読む異次元の世界に遊んだウィークエンドの午後のひととき、会場を出ると陽はまだ高く、星の王子さまとの出会いにはまだだいぶ間があった。
続きを読む10数年ぶりのマンハッタンはさらに安全でクリーンになっていたが、70年代80年代の緊張感やスリルには欠けていた。
続きを読むJazzTokyoの至宝、盛岡から駆けつけた金野onnyk吉晃と剛田武の共演。初顔合わせながら「地下水脈」で繋がっているふたり。
続きを読む全編を通して流れるダイナミックな演奏とオスカーが抱える人生の闇が表裏一体となって深く静かに訴えかけてくる。
続きを読む音楽は、感受性の高い人には人生を変えるほどの力がある。
続きを読む本来記録用として録音された音源がフランスに渡り、ブルターニュとパリでのミキシングとマスタリングを経て初めてエスプリの出会いが実現した。
続きを読むブロッツマンの遺作となったリトアニアのインディ NoBusiness Recordsと防府のインディ ChapChap Recordsが手を携えたシリーズ第2期の終盤を飾る1作。
続きを読むそれでは、常見登志夫さん撮影の写真で構成されたスライド・ショーで追悼コンサートを振り返っていただこう。
続きを読む大島の加入によって内向的だったFutari(藤井と齊藤)の音楽が外向的になった。SANはSUNをも意味するのかも知れない。
続きを読む事実、悠さんの守備範囲は広かった。「シャンソン」「コンテンポラリー・ミューシック」…気の赴くままなんでも「食べ歩いた」。
続きを読む11月25日(土)午後2時@渋谷・公園通りクラシックス、音楽とともに”ジャズ界の良心” 悠雅彦さんを追悼しよう。
続きを読む限られた財源の中で、私たちは真に心に響くセッションだけにこだわっています。
続きを読む次男の堤清二が流通系、異母弟の義明が鉄道+不動産を分担したが、清二はより旗色を鮮明にするためにセゾン・グループを名乗り事業拡大、セゾン文化圏と言われるまでに成長させたが。
続きを読む幸いにも「異能の音楽家」井上道義のデビュー・レコーディングとファイナル・コンサートに立ち会うことができた。
続きを読むジャズ喫茶文化を体現し続ける四谷「いーぐる」のオヤジ後藤雅洋による21世紀以降のジャズに焦点を当てた有効なガイドブック。
続きを読む『Utsunomia MIX』の制作を進める中「これはアートの革命である」と熱いものがこみ上げてきて、今もその火は燃え続けています。
続きを読むいずれにしろ、音楽/オーディオ業界における活字媒体の相次ぐ休刊の要因は、デジタル時代のリスニング環境の大いなる変化ということになるのだろう。
続きを読む『The Piano Story』のタイトルが示す通り、リサイタル仕立ての、過剰な感情移入を避けた等身大の高木里代子を反映したアルバムと聴いた。
続きを読むスタンダード=アメリカン・ソングブックを金科玉条とする彼のジャズ鑑賞美学をエッセイとして実例をあげて敷衍したのが本書である。見事という他ない。
続きを読む「ジャズ喫茶ベイシー」を知ることはオーナーの菅原正二を知ることになる。
続きを読むブロッツマンも現代美術から音楽へ転進してきた。
続きを読む来年11月55周年を迎えるECMの活動がさらに活発化している。
続きを読む来日したジャズ・ミュージシャンが残《日本録音作品》を通して見る日本ジャズ発展史。
続きを読むジャズにはクラブの雰囲気があっているような気がする。
続きを読む人間誰しも聖人君子ではあり得ず、時折りやんちゃな側面を見せるものである。
続きを読むこれから先、世界に誇れる日本独自の「ジャズ文化」をどうやって保護・継承するのか、行政をどうやって巻き込むことができるかも課題です。
続きを読むマンフレート・アイヒャーとキース・ジャレットというふたりの天才が開発した即興ピアノによる画期的な音楽表現の歴史的精華
続きを読むJazzTokyoが300号を迎えるとともに、今年はECMの国内プレス50周年でもある。
続きを読む1994年にECM創立25周年を記念して3回にわたって開催されたコンサート・シリーズのアーカイヴ。
続きを読むエルヴィンの死を信じられないけい子さんはエルヴィン亡き後も二人分の食事を作り続けていたという。
続きを読む巷に溢れる万人向けのガイドブックには飽きたらない中級以上のリスナー向けか?
続きを読む豊かな情景を描き出したミキシングも素晴らしく、しばし藤井の夢を共有する愉悦に浸った
続きを読む『ミュンヘン2016』『ブダペスト・コンサート』『ボルドー・コンサート』は3部作と言えるキースのヨーロッパ・ツアーのダイアリーだ。
続きを読む“クラブ” 仕様のクアトロに越境のミュージシャンと越境のオーディエンスを集めた企画は狙い通りの成果を挙げたようだ。
続きを読むMMBトリオは非常にコントロールされたしかし豊穣で見通しの良いサウンドスケープを描き出した。
続きを読む近澤可也にとってシャンソンを歌い、漢詩を吟じることは趣味ではない、という。趣味ではなく求道。道を究めること
続きを読む私自身の中ではっきりとした作品のイメージがあり、これだけのラインアップで面白くないわけはないという確信はありました。
続きを読む音楽としての純粋性を損なうことなく、大衆が理解可能な音楽はいかにして可能か
続きを読むコロナ禍の余波が続く以上、有効活用することにより配信というメディアが生き残りの手段のひとつとなり得るのではないかと思われるのだ。
続きを読むジャンルを横断して活躍するミュージシャンを集め「映画」という枷をはめて演奏させる興味ある企画イベント。
続きを読む日本の即興ジャズは非常にブロッツマン的(注:ペーター・ブロッツマンが演奏した過激で攻撃的なフリージャズのこと)、つまり力強さがあることに気づきました。
続きを読むリスナーのソウルとスピリットを感動させる音楽を制作したい。
続きを読む「日本のへそ」と言われる群馬(伊香保)を先頭に西の横浜と東の盛岡を結ぶトライアングルに世界でも初めてのジャズ・ミュージアムが相次いで開館する、これは日本ジャズ史上最大のエポックメイキングな出来事に違いない。
続きを読む話の内容は日本のジャズの歴史そのものであり、その記憶力の良さには文字通り圧倒される。
続きを読む2013年公開の映画のサントラの10年後の国内発売が “ 時宜を得た” と言えるほど時代はますます危機を孕みつつある。
続きを読むMMBトリオ:モツクーナス=ミカルケナス=ベレ・トリオとして9/30から10/07まで東京と近郊を巡演。
続きを読む右手一本でピアノに向かうキースを想像するのはファンにとってとても辛いことだろうが、キースのことだ、何らかの形で音楽界に復帰してくれることを静かに待ちたい。
続きを読む今までお世話になったこの音楽コミュニティーの特に女性のアーティストたちを少しでもサポートできたらとは願ってます。
続きを読むジャズもインターミッション無しの長めのワンセット構成はいかがなものか?
続きを読むBlu-Rayの高画質、高音質を映画館でも反映すべきだろう。
続きを読む阿部薫が尺八サックスを手にしていたのは1年そこそこだが、その尺八二本が50年ぶりに初めて公開される。
続きを読む事前にライヴ収録を告げられたこともあってか初めての師弟共演は和やかな中にも常に緊張感を孕んだ演奏が展開された
続きを読むマイルスへやっと絞り出した問いが「あなたにとって創造とは何ですか?」。返ってきた答えは「創造とはエゴだ!」のひと言。
続きを読む1979.5.31 2:30AMと記されたビル・エヴァンスが愛人ローリー・ヴァホーミンに捧げたバラード
4月15日、伊香保温泉の近く群馬県吉岡町に開館したワールド・ジャズ・ミュージアム21は、年内の通年テーマとして「よみがえれ”栄光の70年代” ジャズ、ブルース、ソウル&レゲエ 観る(写真展)聴く(ライヴ演奏)」として活動を展開していく予定である。
続きを読むオール・アート・プロモーション代表の石塚孝夫さんの訃報が届いた。享年89。ジャズに捧げた後半生の尽力を心から労いたい。
続きを読む自分のバンドはチェットの音楽を「追求する」というよりむしろ「楽しみながら発見して自分も進化する…」という表現があっているかもしれません。
続きを読む私は彼の遺産を支援することに興味があり、そのために本を書き、ビルの膨大な作品群から直接インスピレーションを受けて新鮮な新しい作品を創作している人たちをネットワークし、支援し続けているのです。
続きを読むヒロ川島はイギリスのWIRE誌が報じているように晩年のチェットとの親交が厚かった。時にチェットが憑依しているのではと思わせる瞬間さえあった、と言ったら言い過ぎだろうか。
続きを読む二人の共演ではなくむしろそれぞれ単独の解釈で聴きたい場面が多いコンサートだった。
続きを読むジャズの歴史上、最も偉大な創造的開花のひとつが、1970年代のニューヨークで起こった。ミュージシャン自身が運営する数多くの小さなスタジオやロフト・スペースで、主にアヴァンギャルド・ジャズと呼ばれる即興音楽が、ジャズの歴史上でも稀なほどの豊かさと多様性をもって生まれたのだ。
続きを読むジャズの発祥はアメリカですが、これからは日本のジャズの音空間を作り続け、日本から世界に発信したいと思います。
続きを読む生きることでも、音楽においてでも、根源とは何かということを常に探し求めることです。探究心がなくなれば全てが停止してしまいます。そのためにはやはり旅が必要になってきます。
続きを読む最大の贈り物は、彼の死に立ち会えたこと、そしてそれを若くして見ることができたことです。精神的な面で、私にとってポジティブな経験でした。
続きを読む2年にわたるパンデミックに苦しむ音楽業界の中、生き残りを図るミュージシャンの中からいくつかの術を追う。
続きを読むNHKの朝ドラ「カムカムエブリバディ」の制作陣に対し、日本とニューオリンズ、NYのルイ・アームストロング協会から感謝状が贈られた。
続きを読む芝居のテーマは仏陀の慈悲。原作はアメリカ人だが、慈悲(mercy=マーシー)の心は万国共通、人間固有ものである。
続きを読む僕らにとってコルトレーンの音楽、とくにアルバム『クレッセント』は慰めと癒しの効果があったんだ。おそらくこの効果は音楽が持つ人間にとってのいちばん大切な効果だと思う
続きを読むビルがどれほど普通の男だったかを知る人は少ないですね。彼は競馬場に出かけて、馬に賭けるのが好きだったんです。
続きを読むマイルス・バンドの二人のパーカッショニスト、エムトゥーメとバダル・ロイが相次いで亡くなったが、二人が共演したテイクは4枚のアルバムに収録されている。
続きを読む起居を共にしてきた住宅の一部、アトリエでの演奏だっただけに、彼女の魂に触れながらの演奏であったことは間違いない。
続きを読むロン・カーターというまれに見る真摯なミュージシャンの充実した人生(人種差別という終生避け得ない苦悩を含めて)と実績。
続きを読む「みつばちマーヤの大冒険」での成功から、ジャズと文楽のコラボレーションが閃いた。
続きを読む左上下肢麻痺のリハビリを兼ねた「ハコ」通いの本誌レポートが2年強で200回を超えた。呑んで、聴いて、交わってさあ、これからもLive after Live。
続きを読む彼の芸術の美しさと、依存症や身体的な状態の醜(みにく)さを切り離すことはできませんでした。それらは同じものであり、互いに影響し合っているのです。
続きを読むミュージシャンとリスナーの間に立って言葉を持ってジャズを伝え続けた我々仲間の功績が認められた
続きを読む過酷な人生を濾過した果ての無垢な有り様。あるいは愛する女性(ひと)との至上のひととき。
続きを読む何れもがリューダスと丁々発止の対応を見せ、日本のインプロヴァイザーのレヴェルの高さを刻み込んだ。
続きを読むコロナ禍の中ならではの五時間にわたるアルバート・アイラーをめぐる貴重なネット・ライヴ体験。
続きを読むリアルでは丸の内Cotton Clubでの nagaluフェスと白楽Bitches Brewでの仲野麻紀の2回公演が白眉。
続きを読むこのバンドほど一流の音楽性とエンタメ性を兼ね備えた例を他に知らない
続きを読む様々な土地やシチュエーションで演奏することで、それぞれの息を感知し、それ自体がわたくし自身の息(呼吸)になる=命である.。
続きを読む今、自分に出来ることは人々を勇気づける、あるいは疲弊した心を癒せる音楽を作りだすことだと思いました。
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